「夏休みなんてつまらない、 誰もいないんだもの!」
海辺での休暇を終え、パリに戻ってきた私たち家族ですが、閑散として静かなパリを喜んでいるのは親たちだけで、見知らぬ観光客の子どもらが通りすぎていくだけのいつもの公園は、ケイにはなんの魅力もないのでした。
「またピエールのところへ行こうよぉ!」
父親から言いつけられたcahier de vacances(カイエ・ド・ヴァカンス、夏休み用の練習帳)をいやいやめくりながら、ケイはまたもや訴えるのでした。
南仏の別荘に滞在している幼なじみのピエールを訪れたのは、3週間ほど前のことです。保育園以来の親友で、家族共々親しくしており、今回の南仏行きも彼らが招いてくれたのでした。母親が北欧系であるピエールの金髪が、陽にさらされて透けるように白っぽくなっていたのは、彼らが素晴らしいヴァカンスを過ごしている証拠でした。
ケイは友人との再会に大喜びの日々でした。南仏の空気は、私たちに何より憩うことだけを命じ、読もうと持ってきた本もいっこうに進まず、それでいいのでした。テラスの下での遅い昼食、それに続く長い昼寝と蝉の鳴き声。そして太陽が傾きかけたころに行く、地元のものだけが知る小さな浜辺。紺碧の海は澄んで、塩辛くて、大西洋と違って大きな波が立たないので、子どもたちの海遊びにはうってつけでした。水中メガネとチューブをつけたケイとピエールは、浜辺に戻ってくるたびに「1mぐらいあるエイを見つけた!」だの、「目の前をサメが通りすぎていった!」だの、真偽のほどが疑わしい報告ばかりして親たちを笑わせていました。子どもの、腕にしたたる果汁をそのままに、熟れた果実にしゃぶりつく様子や、キラキラ光る波うち際で、形のよい石を真剣に探している顔など、私は味わうように、それらを目に焼きつけていました。
最終日、別れ際になって「キミがいなくなったらさびしくなるよ」とケイに告げたときのピエールの口調が、いかにも大人びていて思いがけなく、あの赤ちゃんだったピエールがこんな物言いをするようになって・・・と感慨深かったのを覚えています。彼らはまだ、8月いっぱいこの地を満喫するのだそうです。
「でも、そろそろみんなも戻ってくると思うよ、だってもう20日すぎたもの」
「そうかなぁ?」
「そうです」
とは言いながらも、窓の外は静かで、なんだかパリ全体が深い眠りに落ち込んでいるような、それともまどろみつつ、新しい季節の到来を待ち受けているような・・・。不思議な時間が流れています。見上げた空が思いがけなく水色に澄んでいたことにはっとしました。もう秋の空がそこに宿っているではありませんか・・・。
つぎの朝、ほくほくと嬉しそうな顔をしてケイは起きだしてきました。
「いい夢をみた」というのです。
「エマとルカがいて、一緒に公園で遊んだんだ・・・」まだ夢のつづきにいるような顔をしています。
「よかったね、でも本当にもうすぐ会えるのよ、だって学校が始まるもの!」
そう、9月からは新学期、ケイはCE1(Cours Elementaire 1、小学2年に当たる)に学年が上がります。さぁ今年はどんな1年になるでしょう?