『Liberation』という日刊紙がフランスにあります。1973年にジャン・ポール・サルトルによって創刊された、現在は中道左派の大衆紙です。このリベラシオン紙が、2ヶ月に1度、付録として発行している『Paris Momes』パリのちびっこ、という情報誌は、こども向けに出版された本、映画、展覧会、劇の上演・・・など、パリ市内や郊外で、家族で楽しめるプログラムがぎっしり載っているので、親にはたいそう重宝されています。そして、フランスにある美術館の多くが、週末や水曜日に、こどもたちが楽しみながら芸術に親しめるアトリエを提供しています。事前に予約を入れておき、だいたい2時間程度のものです。
ある水曜日の午後、ギメ東洋美術館の『Les animaux fantastique d’Asieアジアの想像上の動物』というアトリエにケイを参加させました。ここは、1889年に、リヨンの実業家エミール・ギメによって創建された、アジア美術専門の美術館です。リヨンで財を成したあと、世界中を旅して回ったギメは、インドや中国、日本の美術に大いに心を打たれ、蒐集を始めました。その後、世界中のコレクターたちからの寄贈も増え、アジア美術を展示、紹介する重要な美術館になりました。16区のイエナ広場に面してあり、近くには、ガリエラ装飾美術館、パリ近代美術館、パレ・ド・トーキョーなど、セーヌ河をはさんでエッフェル塔もすぐ近くです。
アトリエの集合場所は、美術館の地下にあるオーディトリアム前、対象年齢は5歳から7歳までで、15人ほどがもうワイワイ騒いでいます。時間になると、まっすぐな栗色の髪の毛を後ろできちっとまとめて、メガネをかけた女性がやってきました。こどもたちに向かい、
「わたしが今日、みんなといっしょに動物を発見していくオードリーです、よろしくね」
親たちは、彼女から名札になる紙のシールを渡されて、こどもの名前と親の電話番号を書きこむよう促されました。それをペタンと胸に貼られて、出発です。
「1時間半後に、同じ場所に戻ってきますので!」とオードリー。
ふたりずつ手をつないでついて来るようにと言われて、ケイは同じ背たけの女の子と手をつなぐと、母親にむかって「あとでね!」アトリエはもう慣れっこなのです。
この美術館には、中近東からはじまって、極東の日本までの蒐集品が展示されてありますが、それらに宗教というテーマが根底に流れていることを、鑑賞していくうちにすぐに知ります。ギメは当初、世界の宗教博物館を創りたかったそうです。こどもたちが去ったあと、私も館内に残り、観てまわりました。でもやっぱり気になる・・・何をしてるのかな? こどもの声がするほうへ足を向けると、かれらはインドの彫刻が並ぶ展示室にいました。ほかの保護者も見学していて、シバ神が横たわる様子を模した石像を取り囲んでいます。オードリーが、
「みんなよく観てね、このインドの神様は、いったい何の上に寝ていますか?」
親たちも首を伸ばして観ると、シバ神は、コブラの上に横臥していました。
「ヘビー!」「コブラー!」などの声がすぐに上がります。
「でもほら、このコブラ、頭が八つあるわよ、こんなヘビ見たことありますか?」
そこで「はい!」と手を上げたのが、中でもいちばんちいさな男の子でした。「ジュリアン?」とオードリーに指されると、ジュリアンは、
「ぼく、見たことある・・・。いるよ、ぼくのあたまの中に!」
いいなぁ、こどもって!
アトリエではその後、獅子、鳳凰、ドラゴンなど、アジアの美術品にくりかえし現われてきた霊的な生きものとこどもたちを対面させました。
このようにちいさなうちから、ものを観る目を養っていく、この国の芸術に対する姿勢が私はとても好きです。
最後に、今日の思い出として、オードリーはみんなに、ガラスの小ビンの中から細長い紙切れを出して渡してくれました。「匂いを嗅いでごらんなさい」
「うえーーーー!!」
たちまち大騒ぎ、私もケイのもらったぶんを嗅いでみると、「うっ!」と鼻をつまんでしまいました。
なんと、象の体臭、だったのですね。それも人工的に造ったものだそう、ほんとうにこれが? ツンと鼻に激しく突き刺さる、とても野性的な匂い、都会ではまず嗅ぐことはありません。象は想像上ではなく実際に存在する生き物ですが、今日かれらは、ブッダが生まれるまえに、お母さんの摩耶夫人の夢の中に白い象が現われて、彼女の体に入ったことを学んだので、その記念に、だそうです。
翌日、クラスのみんなが、ケイの持っていった紙切れの匂いを嗅ぎ、喚声を上げ、見たことのない、白くて大きな、優しい目をした生きものに想いを馳せたのでした。
カンボジアのブッダ像の前で。安らかなお顔にいつ見ても心が休まります。
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