朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
10月7日から1年 2024.10エッセイ・リストback|next

ネタニヤフ首相 ※画像をクリックで拡大
 ハマスとパレスチナ過激派組織によるイスラエル急襲と、報復として行われたイスラエル軍のガザ侵攻開始から、とうとう1年になる。「ガザ保健省によると、7日現在の死者数は4万1909人で、人口の9割に当たる190万人が家を追われた」(10月8日付、朝日新聞)
 « Entretuez-vous, sinon je vous tue. » Pour le satiriste libanais Karl Sharro, c’est en ces termes qu’il faut comprendre l’adresse télévisée de Benyamin Netanyahou aux Libanais diffusée le 8 octobre. « Scandaleux », « effroyable »… Les réactions à Beyrouth aux termes de la nouvelle équation posée par le premier ministre israélien sont sans équivoque. L’injonction aux Libanais - faite dans une vidéo en anglais - de « libérer (leur) pays du Hezbollah pour que cette guerre puisse se terminer » s’accompagne en effet d’une menace : « Vous avez une occasion de sauver le Liban avant qu’il ne sombre dans l’abîme d’une longue guerre qui provoquera des destructions et des souffrances comme à Gaza. »
「レバノンの風刺作家カール・シャロにしてみれば、10月8日に放送されたベニヤミン・ネタニヤフのレバノン国民向け演説は<破廉恥>で、<身の毛がよだつ>もので、これを理解せねばならぬとなれば、<話し合いに乗れ、さもなければ殺すぞ>というコトバになってしまう。イスラエル首相が出した新たな設問に対するベイルートの反応ははっきりしている。<この戦争を終わらせるにはヒズボラを駆逐せよという>――英語のビデオ映像つきの――レバノン国民への厳命には、なるほど、脅し文句がくっついている。<諸君にはレバノンを救うチャンスがあるが、これを逃せばレバノンは長期戦の奈落に落ち込み、そうなれば、ガザのように破壊と苦難が生じるぞ>」
 ネタニヤフ首相としては、敵はヒズボラであって、一般市民ではない、と言いたいのだろうが、レバノンの国土が戦場となる以上、これは住民に対する退去命令にほかならない。身勝手で人道を無視した振舞いだが、シオニスムを信奉するイスラエルには国際法など眼中にないのだろう。犠牲になるのはレバノンの無力な住民たちだ。いきなり奈落の縁に立たされた彼らの身の上を考えるうちに、La Fontaineの寓話の一篇を思い出した。何気なく読みすごしていたのだが、思えば、今の中近東の情勢にぴったりはまるのではないか。巻2の第4、LES DEUX TAUREAUX ET UNE GRENOUILLE「二頭の牡牛と一匹のカエル」がそれである。

Deux Taureaux combattaient à qui posséderait
  Une Gènisse avec l'empire.
  Une Grenouille en soupirait.
  Qu'avec-vous ? se mit à lui dire
  Quelqu'un du peuple croassant.
 — Et ne voyez-vous pas, dit-elle,
  Que la fin de cette querelle
Sera l'exil de l'un ; que l'autre, le chassent,
Le fera renoncer aux campagnes leurres ?
II ne régnera plus sur l'herbe des prairies,
Viendra dans nos marais régner sur les roseaux,
Et nous Roulant aux pieds jusques au fond des eaux,
Tantôt l'une, et puis l'autre, il faudra qu'on pâtisse
Du combat qu'a causé Madame la Génisse.

  Cette crainte était de bon sens.
  L'un des Taureaux en leur demeure
  S'alla cacher à leurs dépens :
  ti en écrasait vingt par heure.
  Hélas ! on voit que de tout temps
  Les petits ont pâti des sottises des grands.


「牡ウシ二頭が取っ組み合っていた、勝った方が
  牝ウシをわがものにするのだ。
  一匹のカエルがそれを見て長大息。
  「どうしたの?」と
  同類の一匹がたずねた。
  カエルは言った、「わからないの?
  この争いの末に、片方は追い出される、
勝者は相手を花咲く野原から放逐する。
敗者は、野原の草にありつけぬものだから、
わたしたちの沼に来て、葦の上でふんぞりかえり、
水底まではいり込み、わたしたちを踏んづけて、
一匹また一匹と、負け戦の腹いせにするでしょうよ。
元はといえば、牝ウシ一匹を娶るだけのこと」

   この取り越し苦労は的中した、
   牡ウシの片方はカエルのねぐらに逃げこみ
   かれらに代償をはらわせ、
   一時間に二十匹も踏みつぶしたのだから。
   やれやれ、いつの世にも見ることだが、
庶民は王侯たちの愚行に苦しめられる。」


「二頭の牡牛と一匹のカエル」によせたGustave DOREの挿絵 ※画像をクリックで拡大
 17世紀の世界に対峙したラ・フォンテーヌはmoralité「教訓」で「王侯たち」に言及したが、目を現代世界に転じた場合、これにネタニヤフ首相やハマスやヒズボラの指導者、その背後にひかえるイランの最高指導者ハメネイ師、さらにはイスラエルに武器弾薬を送り続けるアメリカ大統領、こういう連中を重ね合わせたい誘惑に駆られる。そうなれば、イスラエル軍の銃弾やミサイルを浴びて落命するガザやレバノンに住むパレスチナの人たちは「牡牛に踏みつぶされるカエル」に重なることになる。「庶民」はこうして「苦しめられる」。悲しいことだが、ラ・フォンテーヌの鋭い洞察は21世紀の今にも見事に当てはまるのだ。


追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
 
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