朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
パンデミック(2) 2020.5エッセイ・リストback|next

メルケル首相
 ライオン王は「ペスト」流行防止の奥の手として、上記のように動物たちに生贄の必要を訴えたが、その後、選定はどのような手順で進むのか。王の演説はつづく。
L'histoire nous apprend qu'en de tels accidents
  On fait de pareils dévouements ;
Ne nous flattons donc point; voyons sans indulgence
  L'état de notre conscience.
「歴史が教えるとおり、こんな災厄においては、
  そうした生贄をささげるものだ。
だから、甘えをやめよう。きびしく見つめよう、
  己の心の内側を」
 新型コロナウイルスの感染に際しても、各国の首脳が国民に呼びかけたことは記憶に新しいが、その場面をここに重ねてみよう。ライオンの訴えは、自分の一身を賭けた真剣さにあふれていて、その意味では、私の知るかぎり、評価の高いドイツのla chancelière Merkelの域に迫るのではないか(残念ながら、安倍首相の声は私の心に響かなかった)。
Pour moi, satisfaisant mes appétits gloutons
  J'ai dévoré force moutons ;
  Que m'avaient-ils fait ? Nulle offense ;
Même il m'est arrivé quelquefois de manger
      Le Berger.
「自分のことをいえば、旺盛な食欲にかまけて
  大量のヒツジを食い荒らした。
  彼らは余に何をしたか。迷惑は一切受けていない。
それどころか、余は時に食らうことさえあった、
  羊飼いまでも」
 羊飼いの時には単にmangerですませ、ヒツジの時にはdévorer=manger en déchirant avec les dents 「歯で引き裂いて食らう」という動詞を使っていることに注意しよう。ライオン本来の残忍さを強調するかと見えて、その実、羊飼いへの手出しには躊躇があったといわんばかりではないか。さらにforceという古語に属する形容詞(無変化)を駆使して餌食になったヒツジの「夥しさ」を強調する一方、羊飼いの場合はことさらquelquefois「ときどき」(「度々、多数回」に比して制限的なニュアンスが強く「希少さ」を表す)を用いて、羊飼い(つまり人間)を食うという大罪を犯した回数をさりげなく下げようとしている点も見過ごせない。加えて、「羊飼いまでも」を切り離して3音節句に留めたあたりも意図的だ。その結果、この目的語に聞き手の注意を引きつける憾みはあるものの、罪をなるべく軽くしたい話し手の気持ちがにじみ出ることになった。
 ただ、ライオンの懺悔にウソ偽りがないことを認めたうえでいうのだが、薄気味わるいのは、このあとで、自らの正直さをたてに、臣下たる動物一同に同じように正直な告白を強制している点だ。
Je me dévouerai donc, s’il le faut ; mais je pense
Qu’il est bon que chacun s’accuse ainsi que moi
Car on doit souhaiter selon toute justice
  Que le plus coupable périsse.

「よって、余が人身御供になろう、必要とあれば。だが、 考えるに、
めいめい、余のように懺悔をするがいい。
なぜなら、まったき正義に照らして望ましいのは、

  いちばん罪深いものが死ぬことなのだから」
 ここまでの告白を信じるなら、ライオンは自ら死ぬ覚悟を固めたと言ったにひとしい。ところが、忘れてならないのはここが絶対君主ライオンの宮廷であることだ。となれば、忠臣たるものは君主の意向を推しはからねばならない。つまり、死にたくないという本心を察して、それを尤もらしく正当化する役を誰かが買って出なくてはならないのだ。

Sire, dit le Renard, vous êtes trop bon Roi ;
Vos scrupules font voir trop de délicatesse ;
Et bien, manger moutons, canaille, sotte espèce,
Est-ce un péché ? Non, non. Vous leur fîtes Seigneur

 

En les croquant beaucoup d’honneur.
Et quant au Berger, l’on peut dire
Qu’il était digne de tous maux.

Etant de ces gens-là qui sur les animaux
  Se font un chimérique empire.

「陛下」とキツネが言った。「王様はあまりにお情け深い、
心配りの数々はあまりに優しすぎます。
何ですって?ヒツジを食らう?あんなつまらぬ下司どもですぞ!
それが罪ですか?とんでもない。陛下は

 

召し上がることで奴らに誉れをお与えになった。
羊飼いのことなら、あいつは
いかほど痛い目にあっても当然、と申せます、

われら動物相手にいわれもない権力をふるう  
輩の一味なのですから」


安倍首相
 数年前から、日本では首相周辺の官僚の言動をめぐって「忖度」という語が飛び交った。日本社会特有の古風な現象とする見方もあったようだが、このキツネの発言は「忖度」以外のなにものでもない。ラ・フォンテーヌは絶対君主ルイ14世治下にあった17世紀フランスの宮廷社会をとくと観察し、彼ら宮廷人の心底を見抜いていたから、21世紀の極東の島国で権力者周辺にキツネが出没してもいっこうに驚かなかっただろう。
 それはともかく、王に代わる生贄は誰になるのだろうか。
 
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