朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
警官の暴力 2020.12エッセイ・リストback|next

警官たちの暴行シーン
 悲しいことだが、警官が黒人にたいして暴力をふるう事件はアメリカに限らない。それを証明する出来事が11月にパリで起こった。その事実経過を見よう。(Wikipediaを参照したが、まだ係争中の事件なので、文面には慎重さがにじんでいる)
 発端は、producteur de musique「音楽プロデューサー」のMichel Zeclerが21日夜7時40分ころ徒歩で17区にあるstudio d’enregistrement「録音スタジオ」に向かう途中、confinement「ロックダウン」中にもかかわらずマスクを着用していなかったため、警官の不審尋問を受けたことにある。警官の報告書によれば、彼がune attitude de rébellion「反抗的な態度」を見せたため、警官3名がスタジオ内に入って逮捕、拘留した。ところが事件はこれではすまなかった。27日になって尋問の模様を写したビデオが、まずネット上で、ついでテレビ各局のチャンネルを通して公開されたため、事が大きくなった。当初violences sur personne dépositaire de l’autorité publique「公務執行妨害」とされていたのに、その実態を映像があばく形になったのだ。
 Michel Zecler a été roué de coups de pieds, de poings, et de matraque, pendant six minutes et a souffert d’une « déchirure d’un tendon au bras, une blessure à la tête et des hématomes sur son visage et son corps ». Il accuse les policiers de l’avoir insulté en le traitant de « sale nègre » lorsqu’ils l’ont frappé ; eux nient toute injure raciste.
 「ミシェル・ゼクレールは6分間にわたり蹴られ、拳骨と警棒で殴られ、<腕の腱に裂傷、頭部に怪我、顔と体に血腫>が出来た。彼は警官たちが自分を殴った際、自分を<けった糞悪いニグロ>と呼んで侮辱した、と非難。警官たちは人種差別的な暴言は一切口にしていないと否認している」
 警官は否認しているが、口から出てきてもおかしくない罵言で、フランス人たちの心に潜むracismeの根強さを思い知らされる思いがする。逆に、その深層心理から推測すると、そもそもこのプロデューサーが黒人でなければ、不審尋問もなく、警官の暴行もなかった、要するに事件は起きなかった、ということになる。
 ところで、この事件がフランスで注目された背景は人種差別問題のみに止まらない。ビデオ映像が捜査官の報告書の裏を暴いた、言ってみればliberté de la presse「出版と報道の自由」の意義の大きさを浮き彫りにしたからだ。というのも、この「自由」を脅かしかねないloi « sécurité globale »「包括的安全法」(国家警察、都市警察、民間の警備員などの 治安活動の包括的運用を目指す)の24条、特に捜査中の警官の顔その他、同定につながる要素の撮影を禁じるという規定にじかに関わっていたからだ。同法案は国民議会で審議中だから、ゼクレール事件は政府を追及する絶好の材料を提供する形になってしまった。
 週刊誌Le Pointの電子版(12月2日付)からEliott Mamaneの記事を引く。Faut-il dire « violence policières » ou « violences de policiers » ?「<警察暴力>というべきか、<警官の暴力>というべきか?」と題され、次のようなリードが付されている。
 Si tout le monde condamne l’agression de Michel Zecler, tous ne le font pas avec les mêmes mots. Ou quand la sémantique révèle la logique partisane.
 「みんながミシェル・ゼクレールへの暴行を非難しているが、みんながみんな同じ言葉で非難しているわけではない。というか、こういう時こそ意味論的分析が党派的論理を露わにする」
 この事件を表現するにあたり、violences policièresということも、violences de policiersということも可能だが、そこに含まれた「意味」を考えようとすると、否応なしに、発話者の党派性が浮き彫りになる。筆者はそこに注目した。
 左翼系の新聞Libérationは前者を採用した。そしてつぎのように論議を展開した。
 

ミシェル・ゼクレール
Le quotidien de gauche a consacré les premières pages de son édition auxdites « violences policières » et au racisme « systématique » de l’institution, au sujet desquels « autorités ministériels, préfectorales et syndicales [...] s’enferment dans le déni ».
 「左翼紙は<警察暴力>と制度の<組織的な>人種差別主義に最初の数ページを当て、これに関して、<政府も各県も組合も権力者たちは頑なに否認しようとしている>」
 これに対し、右翼は前者を避け、後者に問題をしぼろうとした。
  En somme, la droite refuse l’amalgame et ne fait pas de ces violences un problème qui relèverait de la structure de l’organisation de la police. Si le racisme et les comprtements effroyables sont présents dans tous les corps de la société, l’institution républicaine ne peut hélas pas y échapper.
 「要するに、右翼はなし崩しの同類扱いを拒否し、今度の暴力を警察制度の構造にかかわる問題とはみなさない。もし人種差別主義や恐ろしい行動が社会のあらゆる集団に存在するとしたら、残念ながら共和国という体制自体もそこから逃れられなくなるからだ」
 この後につづく箇所が、筆者自身の総括的な意見のように思われる。
 D’ailleurs, la condamnation ferme et sans nuance de ces débordements est, elle, systématique dans le débat public. Il s’agit peut-être d’interroger l’emploi qui tend à se généraliser de l’expression « violences policières », sans que jamais sa signification ne soit rappelée. Si une « violence policière » relève sémantiquement de la structure de l’organi- sation (la police étant ici par définition violente), les termes a priori plus nuancés permettent peut-être de cibler plus directement les problèmes. De fait, condamner un agent pour « violences policières » dédouane ce dernier de sa culpabilité :c’est l’institution qui est à blamer et non les cas particuliers.
 「そもそもこの放埓な事件を断固、きっぱりと非難する、この点は公開の議論では徹底している。肝心なのは、おそらく<警察暴力>という表現をその意味作用を思い返すことなく一般化しがちな表現法、それを問いただすことなのだろう。もしも<警察暴力>が意味論的に組織構造にかかわる(この場合、警察は定義からして暴力的である)とするなら、最初からもっと含みのある用語にすれば、問題をもっとストレートに名指すことができるかもしれない。事実、<警察暴力>の廉で一警官を断罪すれば、彼個人の罪を免除することになる。なぜなら、非難されるべきは警察制度であって、個々の事例ではないからだ」
 議論が意味論の領域におよんで難しくなってきた。この記事からの引用はここまでにするが、フランス語文法の基礎にかえっていえば、violences policières とviolences de policiersとは同じことのようで、実は違う、問題はそこに帰着する。
 
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