朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
sécurité とは何か? 2007.08エッセイ・リストback|next
 7月の中越沖地震の際に柏崎狩羽原子力発電所la centrale nucléaireが被害をうけたことは国内外で大きな反響を呼んだ。イタリアは放射能被害を恐れるあまり、サッカー・チームの来日を中止してしまった。風評被害の典型だが、もともとこの国は1987年に国民投票で「原発」を放棄してしまったくらいだから、平素から安全性、正確には原子炉の安全性la sécurité des réacteursにêtre sensibilisé(「関心が高い」とも「神経をとがらせている」とも訳せる)の状態にあるのだろう。
 フランスの反応はどうかと思って新聞を見たら、原発への依存度が高くIAEAによると発電量の実に78.1%に達する(ドイツ32.1%、イギリス19.4%;日本は35%)国のことだけあって、受け止めかたは概して冷静で穏やかなものだ。「ル・モンド」紙(7月17日付け)は日本通として知られるPhilippe Pons記者の報告を載せたが、見出しは「日本の原発で軽微な放射能漏れ」Bénigne fuite radioactive dans une centrale japonaiseとなっている。注目すべきは今しがた「軽微な」と訳したbénigne(男性形はbénin)が使われたことだ。というのも、この形容詞ですぐ連想されるのはune tumeur bénigne(maligne)「良性(悪性)腫瘍」だからで、地震の被害を内輪に評価しようとする筆者の心底は、どうやらイタリア人とはちがっているらしい。
 「ル・フィガロ」紙(7月18日付け)の取り組みはもっと本格的で、「日本の地震、核の不安を蘇えらす」Le séisme au Japon ravive la peur du nucléaireという見出しで変圧器の火災の写真のほか、原子炉内部の耐震装置の見取り図を掲げて、事故にかかわる発電所側の説明をかなり丁寧に紹介したばかりでなく、「透明さを欠くためにつねに非難を浴びている」qui est régulièrement blamé pour son manque de transparence電力会社の来歴にも抜かりなく言及している。
 ただ、その上で興味深いのは、l’Institut de radioprotection et de sûreté nucléaire放射線防護・原子力安全研究所の土木工事検査室長Sylvain Lavarenne氏にインタビューして、不安解消に手を貸そうと努めている点である。彼はJNES(原子力安全・保安院Nuclear and Industrial Safety Agencyのことと思われるが、それだと英語の略号はNISAだ)の関係者homologuesなどから集めた情報では、事態は完全に制御されているようだとまず安全を宣言した上で、フランスと日本は事情がちがうといい、二点挙げている。一つは地震のこと。
  La France métropolitaine est un territoire à sismicité très faible et modérée. Un séisme important ne se produit que tous les cent ans en moyenne.「フランス本土は地震活動度がきわめて弱く穏やかな土地です。大地震は平均して100年に1度しか起こりません」
 もう一つは原子炉そのもののこと。
 ...nous n’avons pas les mêmes filières de réacteurs : an Japon, ils sont à eau bouillante, tandis qu’en France, ils sont à eau pressurisée. Il n’y a pas de catastrophe à redouter, car, comme les Japonais, nous avons optimisé la conception des bâtiments, en calculant toujours des marges de sécurité supérieures par rapport aux séismes que l’on a connus historiquement. 「原子炉の系統が同一ではありません。日本は沸騰水型(BWR),フランスは加圧水型(PWR)です。大事故の心配はありません。というのも、日本人の場合と同様、過去の地震の震度に対しそれを超える安全性の誤差をつねに計算して建物を最適化しているからです」
  素人ながら付言すると、PWRの場合、構造が複雑になるかわり、BWRの場合のように、放射能を含んだ水(水蒸気)が発電用タービンのところまでくるという問題は回避されるという。Lavarenne氏はその点でフランス原発の安全性を強調したいのだろうが、日本でも東京電力はBWRだが、関西電力はPWRを採用しているというから、単純な比較は難しそうだ。
  いずれにせよ、彼の発言はEn France, nos réacteurs sont conçus pour résister à tout.「フランスでは原子炉はあらゆることに耐えられるように設計されている」という一言に要約できるが、フランスの読者を安心させようとして発せられたこの一言があらためて疑惑の種になる。なぜなら、toutを具体的に説明しようとして、地震のあと、les incendies「火事」, les chutes d’avions「飛行機の墜落」と列挙をはじめたところで、インタビュー記事が終っているからだ。
  さて、ここまでsécuritéにかかわる問題を論じてきたが、このフランス単語の語義の広がりは以上のような枠に止まるものではない。今でこそ
 ▶国際政治のレベル、
Conseil de sécurité, Security Council「(国連の)安全保障理事会」
Traité de sécurité, security pact(treaty)「安全保障条約」
 ▶国内政治生活のレベル、
sécurité publique, public security 「治安」 
Compagnies républicaines de sécurité 「共和国保安機動隊」(略称C.R.S.の名で通用)
 ▶社会の制度的枠組
Sécurité sociale (略してsécu ),Welfare state「社会保障」
règles(consignes) de sécurité, safety regulations「安全規則」
以上のような用例が幅を利かせていることはまちがいない。
 しかし、もとをたどれば語源のラテン語securitasに行き着くのであり、もともと「(個人的な)心配からの脱却、心の平安」を意味し、sûreté「(客観的に)安全な状態」とは微妙に違う。当人が安心できることが肝心なのだ。そのつもりで見直せば、ごく当たり前な用例に事欠かない。
  dormir en toute sécurité 「すっかり安心して(枕を高くして)眠る」
 Rappelons-nous la sécurité absolue que donne à l’enfant sa main dans la main de l’homme.(Bremond)「大人に握られた手が子どもに与える絶対的な安心感を思い出そう」
 そうなれば、verre de sécurité, safety glass 「(自動車のフロントグラスなどの)安全ガラス」やceinture de sécurité, safety(seat) belt 「シートベルト」のような用例にしても、実は「個々の人を危険から守って安心させる」ことが発想の根源にあるのではないか。
 原発の「安全」も結局はこの原点に立ち返るべきものだろう。

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