アメリカの次期大統領にBarack Obama氏が選出された。日本では福井県の小浜市が同音の誼で選挙中から熱烈な声援を送ったとか、イタリアではとかく失言の多いBerlusconi首相が「オバマ氏は優秀だが、日焼けが過ぎる」と言って物議をかもしたとか、受け止め方はいろいろ。でも、世界中で話題をさらった。今回は例によってLe Monde紙を見ていたら、とびきり皮肉な論評に行きあったので、それを紹介したい。
バラック・オバマ氏 |
11月9-10日付同紙の経済欄に載ったFrédéric Lemaître氏の文章で、題してThank you, George! わざわざ英語のタイトルになっている点がそもそも皮肉だ。なぜ皮肉か?こういう書きっぷりを知れば、たちまち納得がいく。
A quel critère reconnaît-on un grand homme?
「偉人はどんな基準でそれと分かるのだろう ?」
A sa capacité à organiser sa succession, bien sûr.
「むろん、後継選びを手配する能力によってだ」
Or qui peut nier que sans la politique que vous avez menée durant ces huit années, jamais Barack Obama n’aurait été élu ?
「ところで、誰に否定できようか、あなたが過去8年にわたって進めた政治がなければ、バラック・オバマが選出されなかっただろう、ということを」
Le véritable Pygmalion de ce brillant jeune homme, c’est vous, bien sûr.
「この優秀な若者の真のピュグマリオンは、もちろんあなただ」
むろん「この優秀な若者」はオバマ氏。ピュグマリオンはギリシア神話に出てくるキプロスの王である。伝説によると、この王はキプロスに理想の女性がいないので、自らの手で女性像を作った、ところが、あまりによく出来ているので、その像に恋してしまった、と言う。ここでは、ブッシュ氏がオバマ大統領の生みの親だと言っている。よくぞ、過去8年にわたり悪政を敷いてくれた、そのお陰で後任にオバマ氏が選ばれたのだから、「ありがとう、ジョージ君」ということなのだ。
特に一つ「名人芸」un coup de maîtreをあげるなら、それはイラク戦争だ、と筆者はいい、l’intègre général Colin Powell「清廉潔白なコリン・パウエル将軍」を操って「サダム・フセインが核兵器を作っている」と国連で嘘をつかせ、このsupercherie「インチキ」がばれると、 将軍を辞任に追い込み、あげくのはて彼をオバマの味方にしてしまった、この離れ業にはシャッポを脱ぐ、と締めくくる。なるほど、パウエル氏が選挙戦の終盤でオバマ支持を宣言したことは記憶に新しい。そういう成り行きをブッシュ大統領が当初から見通していたはずはないのだが、ここまで巧妙に辻褄をあわされてみると、なるほどそうだったのか、という気にもなる。こうして、憤りが笑いに変わる。
さらに皮肉はつづく。
Et franchement, quel autre moyen aviez-vous de vider les caisses de l’Etat remplies par votre prédécesseur Bill Clinton ?
「率直に言って、前任者のビル・クリントンがせっかく一杯にした国庫をからっぽにする方法が他にあっただろうか?」
A part un conflit armé, je ne vois qu’une autre façon de dépenser 3 000 milliards de dollars en si peu de temps : créer un système de sécurité sociale digne de ce nom.
「武力紛争を別にすれば、これほど短期間に3兆ドルを費消する手段は一つしか見つからない。すなわちその名にふさわしい社会保障制度を創設することだ」
Mais évidemment、cela aurait été contraire à votre objectif ultime.
「しかし明らかに、そんなことをしていたら、あなたの究極目標に反することになっていただろう」
ブッシュ大統領が社会保障などという社会的弱者の救済に反対なことはいうまでもない。
Vous avez donc bien fait de ne pas perdre votre temps dans le compassionnel, comme un vulgaire social-démocrate européen.
「だから、憐憫に基く制度に時間を浪費しなかったのは正解だ、ヨーロッパの俗悪な社会民主主義みたいに」
ジョージ・ブッシュ大統領 |
最後には財政赤字に喘いでいるフランスのような社会保障制度への皮肉も交じっているが、社会保障はそっちのけで戦争に大金を投じたブッシュ政治が「正解だ」というのは逆説も甚だしい。この文体のワナにひっかかってはならない。
次の文も同じ線上にある。
Surtout que cette année 2008 marque, à n’en pas douter, votre apothéose !
「とりわけ、今年2008年こそ、疑いもなく、あなたの頂点だ!」
Oser dynamiter le capitalisme en nationalisant Wall Street à quelques semaines de votre départ ; qui aurait cru cela possible, même d’un homme doté d’un aussi grand talent que le vôtre ?
「任期満了を数週間後に控えて、ウオール街を国有化して資本主義を爆破する挙に出るとは!あなたほど偉大な才能に恵まれた人でも、そこまでできると誰が信じただろうか?」
この後、ce grand nigaud「例の大バカ者の」財務長官Henry Paulson(投資銀行ゴールドマン・サックスの会長を辞めて長官のポストについた!)はそれに気づかなかった、という話になり、いよいよ「経済問題」に入るのだが、引用はここまでにする。文章の皮肉な味わいに触れてもらえれば、当面は用が足りる。
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