朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
セーヌ河で泳ぐ 2024.5エッセイ・リストback|next

pont Alexandre III ※画像をクリックで拡大
 パリ五輪の開会式がla Seineで行われることはひろく宣伝されているが、せっかく川があるのにここで競技が行われることは計画に入っていないのか?
 とんでもない、企画の一つにpont Alexandre III「アレクサンドル3世橋」を起点とするtriathlon「トライアスロン」とnatation marathon「マラソン・スイミング」がある。現に昨年8月5、6日、世界水連のパリ大会が翌年のオリンピックのテストとして、マラソン・スイミングをセーヌ河で行う予定だった。ところが、数日前に大雨が降り、セーヌが増水する悲運にあった。
 Paris 2024: L’épreuve test de natation marathon annulée à cause de la pollution de la Seine(Sortir à Paris. com)
 「パリ2024:マラソン・スイミングのテスト・マッチはセーヌ河汚染のため中止」(パリ案内サイト)
 むろん、こんなことで主催者が計画を断念するはずがない。4月27日付のle Figaro紙は次の記事(Jean-Yves Guérin記者)を載せた。
 Rendre la Seine baignable pour les JO de Paris 2024: un chantier à 1,4 milliard d’euros au résultat incertain
 「2024年パリ五輪大会にむけてセーヌ河を泳げるようにする:結果が不確かなまま、14億ユーロをかけた工事」
 資金のつぎ込み方を記者はdes investissements pharaoniques「巨額の投資」と呼ぶのだが、2021年東京五輪の際、大騒ぎになったボート場の建設費を想起させる。その額が303億円(当初の予算は69億円)だったことを思うと、14億ユーロ(165円のレートで換算すると、2310億円)は桁違いだ。そうまでして「泳げるようにする」。この記事はインターネット空間をさまよう私を、思いがけず、100年前のセーヌ河に導いた。
La santé devient un enjeu de service public. Mais les eaux de la traversée de Paris demeurent hautement contaminées. Si on se réjouit, en 1910, d’un assainissement «qui nous rendra la Seine limpide des beaux jours du canotage, de la baignade en pleine eau, des fritures célèbres des environs de Paris» (Armand Yvel, Le Figaro, 10 octobre 1910), les chercheurs du laboratoire du Val-de-Grâce déclarent, dans une interview du 2 août 1921: «Il sied seulement d’indiquer aux baigneurs les précautions à prendre pendant et après le bain. Il convient d’abord de fermer la bouche en nageant, afin d’avaler le moins possible du bouillon de culture où l’on prend ses ébats. Il faut ensuite, au sortir du bain, se laver soigneusement la bouche, la figure et les mains avec de l’eau de la ville. Il est, en outre, particulièrement recommandé de se faire vacciner contre la typhoïde.» (Quand les Parisiens se baignaient dans la Seine, 10/01/2024 le Figaro)
 「健康が公共サービスの課題になっている。しかし、パリを縦断するセーヌの水はあいかわらず極度に汚染されたままだ。1910年には、下水・排水処理作業のお蔭で、<ボート遊び、川での(プールではなく)水泳、パリ近郊の名高い小魚フライ、これらをもたらした黄金時代の清らかなセーヌ河がわたしたちに返ってきた>(アルマン・イヴェル、1910年10月10日付、フィガロ紙)ものの、1921 年8月2日のインタビューになると、ヴァル・ド・グラース陸軍病院の研究者たちは次のように勧告するにいたった。「遊泳する人たちには遊泳中および遊泳後、せめて以下のような注意事項を守ることだけは勧めたい。まず、遊泳中は、ばちゃばちゃした川の水(黴菌を含んだ)をなるべく飲まないように、口を閉じたままにする方が良い。次に、遊泳後は、水道水で口・顔・両手をていねいに洗わなければいけない。さらにいえば、抗腸チフス・ワクチンの接種を強くお勧めする」(「パリ人がセーヌ河で遊泳していた頃」 2024年1月10日付、フィガロ紙)
 前半の「黄金時代」に関連しては、印象派の画家たちの楽し気なタブローが目に浮かぶし、後半の「腸チフス」に関連しては、腸チフスで急死した(酔ってセーヌで泳いだためとされる)Raymond Radiguet(Le Bal du comte d’Orgel『ドルジェル伯爵の舞踏会』の作者)の面影が蘇る。
 100年後の今、assainissement「汚染対策」の必要性が急務であることは誰の目にも明らかだ。パリ市は国の後援のもと、トイレの排水の流入を防ぐため、collecteur d’eaux usées「下水管」とstation d’épuration「浄水場」とを結ぶトンネルを作る一方、いつ何時起こるか知れぬ集中豪雨に備えてstation de dépollution des eaux de pluie「雨水の汚染除去調整池」を掘削するなど、躍起になった。しかし、肝心のパリ市民の受けとめかたはどうだろう?
 フィガロ紙の記者によれば、冷たいとしか言いようがない。
 Depuis l'attribution des Jeux olympiques à la ville-lumière, en 2017, les Parisiens n'ont jamais cru à la promesse d’organiser des épreuves dans le fleuve. Pas plus qu’à celle d'ouvrir dès l'été 2025 la baignade à tous sur trois plages dans la capitale : près du port de Grenelle (XVe arrondissement), à Pont Marie (IVe ) et en contrebas du parc de Bercy (XIIe). Le sondage effectué mi-2021 par l'Ifop résume le regard porté par les Français : seuls 12% aimeraient se baigner dans la Seine qu'ils trouvent polluée (58%), sale (41%) et dangereuse (14%).
 「2017年、オリンピック大会の開催都市としてパリが選定されて以来、パリ市民はセーヌ河で競技を開催するという約束を信じたことは一度もなかった。さらに、2025年の夏からは、パリのセーヌ河岸の3か所;グルネル・ハーバー(15区)、マリ橋(4区)、ベルシ公園下(12区)で遊泳場を開設するという約束も信じることはなかった。2021年半ばにフランス世論研究所がおこなった世論調査はフランス国民の見方を端的に示している。セーヌ河で泳ぎたい人はわずか12%。セーヌ河は汚染されていると思う人は58%。汚いと思う人は41%。危険だと思う人は14%」
 主催者側はあくまで強気だ。

la maire de Paris, Anne Hidalgo ※画像をクリックで拡大
  Misant sur l’exemplarité, la maire de Paris, Anne Hidalgo, a prévu de piquer une tête le 23 juin dans le fleuve chanté par Apollinaire. Sans donner de date, le president de la République, Emmanuel Macron, s’est aussi engagé à s’y baigner cet été. Pas sûr que cela soit suffisant pour inciter les Parisiens et les touristes à faire de même.
  「範を垂れようとして、パリ市長アンヌ・イダルゴは6月23日に、アポリネールの詩で名高い河に飛び込む予定を発表した。共和国大統領エマニュエル・マクロンは、日こそ明示せぬものの、この夏セーヌ河で泳ぐことを約束した。これだけで、パリ市民や観光客がその例にならうには十分だとはとても思えないが」
 記者は皮肉たっぷりに付記する。1990年、Jacques Chiracパリ市長(後に大統領になった)が « se baigner dans la Seine devant témoins »「立会人たちの眼前でセーヌ河で泳いでみせる」と約束したくせに果たせなかった、と。はたして、今夏、約束は果たされるのか?
 


追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 


 
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