朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
猫を食べる 2024.9エッセイ・リストbacknext

トランプ・ハリスのテレビ討論 ※画像をクリックで拡大
 次期アメリカ大統領をめざした、Donald TrumpとKamala Harris両候補の討論会が9月10日に行われた。政治がらみのイベントだから、出来栄えの評価が分かれるのは当然だが、おおまかな見方はつぎのフィガロ紙の記事(11日付)に代表されるだろう。
 Face à un candidat républicain semblant moins à l’aise que d’habitude, la vice-présidente ne s’est pas laissée déstabiliser, le plaçant même sur la défensive.
 「平素より硬くなった様子の共和党候補にたいして、副大統領は動揺させられることもなく、むしろ相手を守勢に立たせさえした」
 「とりわけ移民問題に関連したつぎの発言は彼の失態だと思えた。「興奮したトランプ氏は移民についても<彼らは犬を食べ、猫も食べている。住民のペットを食べているのだ>」(朝日新聞)この発言が出たとたん、すぐさま、ABCテレビの司会者がそれは噂で根拠がないことを指摘したから、おなじみのトランプ流攪乱術なのだと、私は一笑にふした
 それだけに、プライム・ニュース(フジ・テレビ)が3人のアメリカ人を招き、評価を訊ねたところ、ハリス優勢とする2名を尻目に、3人目が「トランプの圧勝」と発言したのには驚いた。しかも、問題の「猫発言」が圧勝に貢献した、とまでいう。その理由を司会者から問いただされると、彼は、待ってましたとばかりに、発言の背景をとうとうと語った。トランプの信奉者らしさがにじみ出る立論だったが、それを聞いていて、自分でもトランプ発言の出所を探ってみたくなった。フィガロ紙にその一連の経緯が載っていたので、以下に紹介する。
 Cette rumeur se fonde sur une publication Facebook du 6 septembre, rapporte le site américain de vérification des faits Politifact . Elle concerne la ville de Springfield, dans l'État de l'Ohio. Depuis la pandémie de coronavirus, près de 15.000 personnes d'origine haïtienne se sont installées dans cette commune de quelque 58.000 habitants, à en croire les estimations officielles des autorités. «Springfield est une petite ville de l'Ohio. Il y a quatre ans, elle comptait 60.000 habitants. Sous (Kamala) Harris et (Joe) Biden, 20.000 immigrants haïtiens ont été envoyés dans la ville. Aujourd'hui, les canards et les animaux domestiques disparaissent», avait ainsi écrit un internaute sur le réseau social, sans citer aucune source.
 「この噂話は、アメリカのファクトチェック情報サイト<ポリチファクト>によれば、9月6日のフェースブックの投稿に端を発している。ことはオハイオ州スプリングフィールド市にかかわる。コロナウイルスの感染以来、行政当局の算定を信ずれば人口約5万8000のこの自治体に、ハイチ生まれの住民1万5000近くが移り住んできた。<スプリングフィールドはオハイオの小さな町だ。4年前の人口は6万だった。(カマラ)ハリスと(ジョー)バイデンの政府の下で、ハイチ移民2万人がこの町に送られてきた。今では、アヒルやペットが姿を消している>、SNSの投稿者はこう書いたのだが、根拠を示しはしなかった」
 Sous son commentaire, une capture d'écran d'un témoignage, écrit sur un groupe privé, d'une habitante de Springfield : «Mon voisin m'a informé qu'une amie de ses filles a perdu son chat. […] En rentrant du travail […] elle a tourné le regard vers une maison où vivent des Haïtiens. Elle a vu son chat pendre d'un arbre, comme dans une boucherie. Ils le dépeçaient pour le manger», se plaignait l’habitante.
 Le post, depuis supprimé, a néanmoins été largement relayé par plusieurs ténors du parti républicain. «Des rapports indiquent maintenant que des personnes ont vu leurs animaux de compagnie enlevés et mangés par des personnes qui ne devraient pas se trouver dans ce pays. Où est notre tsar des frontières ?», s’est ainsi interrogé JD Vance, sénateur de l’Ohio et colistier de Donald Trump. Son post a été visionné plus de 11 millions de fois sur Twitter.
 「この人のコメントつきで、スプリングフィールドの住民が知合い同士のチャットに書いた証言が、スクリーン・ショットに載った。<隣人の話だけれど、娘の友人の飼い猫が行方不明になってしまったんだって。《中略》職場からの帰り道、当の飼い主がハイチ人たちの住居の方に目を向けたの。見たら、自分の猫が一本の木に吊るされている、肉屋みたいに。彼らは解体して食べるのよ>と住民は言って嘆いた由」
 この投稿はその後削除された。けれども、共和党の花形たちがこれを盛大に拡散させた。<今やいくつかの報告によれば、自分たちのペットがこの土地にいるべきではない人たちに奪われ、食べられている。わが国境のツアーリはどこにいるのか?>こう問いかけたのは、JD ヴァンス、オハイオ州上院議員、ドナルド・トランプの副大統領候補だ。この投稿はトゥイッター(Xの旧称)で千百万回以上閲覧された」

猫、アヒルに囲まれたトランプ ※画像をクリックで拡大
  「わが国境のツァ―リ」がトランプ前大統領を指すことはいうまでもない。トランプは自ら副大統領に選定したヴァンス上院議員のサイトを見て、これに飛びつき、民主党攻撃の恰好の材料として利用したのにちがいない。因みに、オハイオは伝統的に共和党の地盤とされる州だが、「スイング・ステート」Etat indécis とされているWisconsin州と隣り合っていることから、票固めには欠かせない拠点なのだろう。
 Le milliardaire Elon Musk, qui soutient Donald Trump dans sa course à la Maison-Blanche, a également republié l’information. Le compte officiel de la commission républicaine de la Chambre des représentants s'est également fendu d’une saillie à ce sujet, en publiant une image, générée par l'intelligence artificielle, représentant Donald Trump protégeant un chaton et un canard.
 「大統領選挙でドナルド・トランプを支持している億万長者のイーロン・マスクもまたこのニュースを再発信した。下院の共和党委員会の公式アカウントは、子猫とアヒルを可愛がるドナルド・トランプの生成AI画像を載せて、この問題に思い切り突きを入れた」  
 前述のアメリカ人もこれを見たにちがいない。そして、「ネコやアヒルを食べた」事実の信憑性をあいまいにしたまま、ことの背景にある「ハイチ移民の移住」に論点を移し、トランプ候補はスプリングフィールドという地方小都市の住民の立場に立って、全国のテレビ視聴者に窮状を訴えたのであり、あの討論の場を活用しようとしたのは「大成功」だと主張したのだった。
 討論の優劣とは別個に、「猫発言」をめぐるこの記事から学んだことが二つある。
 一つはSNSによるフェークニュースの拡散の典型が認められること。司会者の折角の警告も無視され、選挙運動の興奮状態の中では、ウソが事実に変って世論を支配しかねないのだ。 もう一つは、大統領選挙は全国的行事ではあるが、個々の選挙人の選出はいたってローカルな住民の利害に左右されること。「猫発言」の威力を知らなければならない。大国アメリカの大統領は選ばれたら最後、世界全体の命運を支配するだけに背筋が寒くなる思いだ。


追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
 
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