3月の最後の土曜日はいつも緊張する。「明日は何の予定もなかったわよね」「いや、ゴルフをとってあるよ。朝8時から」「えー、そんなに早く?」「念のため、時計をもう進めておこうっと」・・・・・・何度経験しても時々失敗するのが、「時間の移行」だ。自分だけが間違えるならともかく、人に迷惑をかけないとも限らないから、移行の日曜には、大事な約束はしないほうが無難かもしれない。土曜のニュースも「今夜ですよ」と繰り返す。3月の最終週末の夜中、フランス中の時計は午前2時を告げることなく午前3時になって、「夏時間」は始まる。
日本とフランスは通常8時間の時差があると言われているが、10月末までサマータイムの間は7時間差になる。一年のうち、7ヶ月間が夏時間で、残り5ヶ月が冬時間だから、むしろ「時差は7時間で冬になると8時間になる」と表現するほうが正確だろうか。
パリで生活していると、私は日本とは違う季節感を持つ。その一番大きな理由は、日本ほど四季がはっきりしていない、オーバーやブーツを身に付けるような7月もある(どこが「夏」なんだ!!)、ということなのだが、それ以上に、日照時間が私たちのリズムを作り出していると思うからである。2月3月と当然、日没は日に日に遅くなっていくのだが、4月に入ると移行で増えた分、さらに日は延び、夜8時すぎまでうすら明るい。そして私は、私だけの「春の季節」に一人ほくそ笑む。
樺太と同じ緯度にあるパリの、灰色の長い冬が終わり、晴天の日が続くようになるのもこの頃である。学校がひけた後の4時、5時ころはまだ太陽も高く、公園には子供たちの遊び声が響き渡る。まるで冬の間できなかった砂場遊びを取り戻すかのように。お年寄りの散歩も倍増で、土日のベンチは満員御礼だ。マロニエやプラタナスの街路樹がいっせいに芽吹き、葉を広げ、急に強くなった日差しの前に柔らかく枝を伸ばす。
この時期、街を歩いていて楽しいのは、チョコレート屋の店先だ。多分一年で一番の稼ぎ時なのだろう、腕によりをかけて作ったたくさんのチョコレートがいろいろな表情をして並んでいる。パッキングの仕方、リボンの使い方・・・ウインドウの飾りつけにもそれぞれのお店の個性があって、買うあても特にないのだけれど、つい、一軒一軒ゆっくり見ずにはいられない。
それにしても見事なチョコレートの卵たち。卵を割ったら、一体何が出てくるんだろう・・・。魚かな?ひよこかな?小さな卵がたくさん、かもしれない。うさぎも子供たちには人気なのだろう。お孫さんにでもプレゼントするつもりか、突然見知らぬ老夫人に、「ねえ、奥様、このウサギちゃんが顔を出してる割れた卵と、卵を抱えたうさぎちゃんと、どちらがかわいいかしら?」と声を掛けられ、しばし、うさぎ談義をしてしまった。
卵はもちろん、キリストの復活の象徴だ。3月か4月、その年によって異なるが、復活祭はカトリックの国フランスの大切な祝祭日である。毎日曜に教会のミサにあずかる家族はもう決して多くないし、教会で結婚式を挙げる(市役所での結婚式は必ずするのだが)カップルの数も減る一方だが、「復活祭の卵」は相変わらずにぎやかだ。
空気や、光だけでなく、人間もふくめて、自然そのものがいっぺんにはじけたようなこの季節は、まさに復活・再生の時である。
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