空港から乗ったタクシーの運転手さんは、ジャン・レノを少し細身にして、ぐっと優しくして、普通の人っぽくした、中年男性だった。昨今、ベトナム系や北アフリカ系のドライバーが多い中、「純粋なフランス人の運転手さんは久しぶりだな・・・」と思いながら、後部座席でぼんやり外を眺めていると、「マダム、日本からですか？」という声がかかった。
「ええ、そうだけど・・・」
「私は15年来この仕事をしていますけれど、日本人のお客さんを乗せていやな思いをしたことは一度もありません。日本人は素晴らしいですよ」と彼は続けた。
客商売にありがちなお世辞かと思っていたら、彼は、自分がいかに日本語や日本の事を勉強し、よく理解しているかを説明しながら、日本の文化や伝統は尊敬すべきものだ、底にある精神が素晴らしいと、熱く語り始めた。
「ミゾグチ、クロサワ・・・、日本映画も大好きですよ。キタノは見ましたか？『デルニエサムライ』（ラストサムライ）も良かったですね。日本人の魂だ。」
あまりに褒められると、ちょっとくすぐったいが、悪い気はしない。たとえそれが、単なる‘美しい誤解’だったとしても、である。お互い、相手の良いところを最大に評価していれば、気持ちよく共生できるのだ・・・と、フランスには外国人として受け入れてもらっている身ながら、私は、図々しくもそんなふうに考えている。そして、彼らの期待を裏切らないようにしなくちゃ、なんて殊勝にも思う。
ケーブルテレビの宣伝にもZEN
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いつの時代にもフランスには「異国趣味」と呼ばれるような雰囲気があるのだが（誇り高きフランス人の中華思想とは別に）、最近もまた日本（東洋）ブームのようなものが社会全体にじわじわと浸透して来ているような気がする。去年がフランスにおける中国年であったからなおさらかもしれないが、東洋的なものを理解しようという流れができているのを感じる。
例えば、何年か前から「ZEN」という表現がこの国にも現われて、これはもちろん、禅のイメージをフランス人なりに解釈しているのだから日本人が考える禅道とはほど遠いかもしれないが、それなりの雰囲気をかもしだしているのも事実だ。「瞑想する」、「沈思黙考する」ことはにぎやかなラテン系民族にも必要らしい。若い学生のJ君は、グランゼコールの受験生で勉強漬けの毎日だが、頭が疲れると、日本人からもらったお香をたいてリラックスするのだと言っていた。「ねえ、とってもZENでしょ？」「・・・・・」
デパートの食器売り場にも、東洋の影響が見られる。それは、青磁、白磁を思わせるつるんとした表情の、丸くない皿たちだ。四角い皿は、例えば「ケイク」と呼ばれる細長いパウンドケーキのための、長方形のものがあるが、西洋で銘銘が使う皿の常識は「丸」である。そこに、正方形の銘銘皿が登場したのだ。
普段、フランス式の生活にどっぷり浸かっていると、久し振りに見るその和食器のような感覚がとても新鮮で、つい陳列台に近寄ってしまうが、手にとって値札を見た瞬間に日本の感覚が蘇り、「駄目、駄目。こんなのは東京なら、近所のスーパーでも売っている」と自戒！する。
インテリアの世界でも同じ。洋式の盛り花といえば、いろいろな種類の花々を色の組み合わせを考えながら、豪華に、たっぷりと飾るのが定番だった。その花たちは、大きなサロンやテーブルの真中に陣取り、自己主張するのだ。しかし、この花の活け方にも最近では東洋がちらちらする。一種類の花だけを並べたり、竹のような観葉植物を素材としたり、部屋の隅っこに、小さな作品として何気なく置かれたり・・・・。
しかし、こういった、ある種表面的な変化はまさに「異国趣味」、つまり、単に、趣味とか感覚とかの問題であり、センスの良いフランス人が、自分達の見慣れたものだけではなく、別のものを取り入れることによって、さらに自分達のセンスを磨いているにすぎない。ある、四星ホテルではバラの花びらを惜しげもなく床に敷き、桜の花びらのじゅうたんが美しい春の日本の庭を髣髴とさせながらも、一味違う豪快さを見事に演出していた。新進気鋭のシェフのいるレストランでは、四角い半透明のガラスの器にメインディッシュを盛り付けた。
ただ真似をするだけに留まらないこの国の人々の美的センスには、いつも脱帽である。そして、異国趣味を飲み込んでしまうだけでなく、上手に何かを伝えてほしい、と期待も寄せる。 |
