犬派ですか?猫派ですか?
動物を飼っている、という話になるとしばしばこういう質問が出る。それはどこの国にも共通のようで、犬と暮らす人は、彼らがいかに思慮深く従順な家族であるかを強調し、猫と暮らす人は、彼らがいかに高貴で繊細な仲間であるかを主張する。
これらの話は、たいていが一方通行で、そして、深い中身があるわけでもなく――でもたまに、飼い主の人となりが分かってしまい、ドキリとさせられる――動物に興味がない人にしたら、呆れるほどつまらない話題なのだろうけれど、どうやら、そういう方々の視線など気にすることなく、臆面もなく盛り上がるところに動物好きの世界的(!?)共通点がある。
ある人に教わったのだが、「子供の話は、相手によっては顰蹙を買うものだけど、ペット自慢は、どんなにしても大丈夫なのよ」だそうだ。
パリの街には、犬がたくさんいる。飼い主と一緒にウインドーショッピングをしたり公園を散歩したり、カフェにもレストランにも同行する犬である。彼らの地位は相当高く、まさに市民権を得ていると言えるかもしれない。だから「落し物」をしても、飼い主はさほど悪びれる様子もなく(それこそ顰蹙ものなのに!)、清掃局の仕事は増えるばかりだ。
猫もたくさんいる(のだと思う)。でも、遺跡名物のローマの猫のようなノラちゃんは、パリの街にはいないので、猫好きの友人の家や、彼らが携行する写真の中にその姿を見るくらいだが、住宅地を歩いていると、たまに窓ガラスの向こう側とか、バルコニーのところで昼寝をする姿が見えたりする。古びた小さな商店のウインドーの中にまるで招き猫のごとく座り込み、路上を行く人々を睥睨する猫もいるが、そんな彼らは、本当に王侯貴族のようでもある。
私も無類の動物好きだ。だから、「話」でも大いに盛り上がるのだが、それだけでなく、彼らを見て、そばに感じることがなによりうれしい。だから、農業見本市だとか、動物祭りのような催しがあると出かけてしまうし、動物園は「訪れるべき所ランキング」のかなり上位にある。
かつて、日本でパンダがまだ珍しかった頃、パリの東端、ヴァンセンヌの動物園に行き、広いパンダ舎の庭のど真ん中で、しどけない姿で眠り続けるパンダを飽かず見つめていたこともあった。
一向に動こうとはしない白と黒(あの、なんとも言えない色のバランスが、熊のくせにとても素敵!)のかたまりを、誰にも邪魔されずに好きなだけ見ていられるのは、まさに至福の時なのだ。上野動物園のパンダ舎は、狭くて、暗くて、そこを、「止まらないでくださーい!」というアナウンスの声にせかされながらゾロゾロと行列して見物したことを思い出しながら、私は一人でニヤリとしていた。
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