今年の夏はフランスも日本も暑くて、私もフランス行きを断念した(暑さのせいばかりではないのだが)上、この連載も1度休んでしまった。その部分では「バカンスをとった」J’ai pris mes vacances.わけだが、今度辞書を見ていて気づいたことが二つある。
一つは、私が愛用する国語辞典、「岩波国語辞典」が「バカンス」という仏語起源の単語を見出し語に入れたのは、第4版(1986年)以降だということ。その「まえがき」を見ると、「第三版刊行(1979年)のころには無かった、または一般的ではなかったが、その後、日常生活でもよく使うようになった」と編者たちが認定し、「ワープロ」とか「無添加」とかいった語とともに日本語に組み入れられたことがわかる。つまり20年前の昔に遡ることになるが、逆に考えれば、日本人がコトバのみではなく生活習慣のレベルで、学生・生徒とは別個に、社会人として「夏休み」を意識し、実践するようになってからまだまだ日が浅いということになるだろう。
もう一つは、vacancesに対応する英語はvacation(コニー・フランシスや、何人かの日本人歌手の 「V-A-C-A-T-I-O-N」という歌は今も耳の底で鳴りつづけている!)だとばかり思いこんでいたのだが、それはあくまでアメリカ語にすぎず、英国ではholidayというのだそうだ。したがって「バカンスをとった」もアメリカではI took a vacation.であるが、英国ではI went on holiday.と言い分けられることになる。
ところで、今年の夏休みも話題に事欠かなかったが、例年にないのは、冥王星をめぐる騒動だろう。ご承知のように、この天体は8月24日午後、チェコのプラハで開かれていた国際天文学連合l’Union astronomique internationale(UAI)の総会で、太陽系惑星の枠から外され、惑星は今後8個にとどまることがきまった。ただし、総会のわずか数日前までは逆に3個をふやし、12個とする案が最有力とされていた。 そこで18日付けのLe Monde紙はLe système s’enrichit de trois nouvelles planètes.「太陽系は3個の新惑星分だけ豊かになる」と題する記事をのせ、それをつぎのような文句ではじめたのだった。
Tout le système solaire peut se résumer en une phrase : « Sors Moi Vite Ta Marmite Jaune Sur Une Nappe Propre. » La majuscule de chaque mot correspond à un astre. Du plus près au plus éloigné.
「太陽系はそっくりつぎの1文に要約できる。“私のために早くあんたの黄色い鍋をきれいなテーブルクロスの上に出してちょうだい”各語の頭文字はそれぞれの天体に一致している。いちばん太陽に近い星からいちばん遠い星まで」
念のために列挙するが、「地球」Earth以外の惑星は頭文字が両語共通なので、英語ははぶく。すなわちS:Soleil「太陽」 M:Mercure「水星」 V: Vénus「金星」 T:Terre「地球」 M:Mars「火星」 J:Jupiter「木星」 S:Saturne「土星」 U:Uranus「天王星」 N:Neptune「海王星」 P:Pluton「冥王星」。この後、記事は冗談めかして、こうつづく。
Des moyens mnémotechnique comme celui-là, les élèves n’en auront bientôt plus besoin.Dès la rentrée, enseignants et enseignés devront se plier à de nouvelles règles car le système solaire comptera désormais douze planètes et non neuf.
「このような暗記法は、もうじき必要なくなるだろう。新学期から、先生も生徒も新しい規約に従わねばならぬ、というのも、太陽系はこのさき12惑星になり、9惑星でなくなるのだから」
専門委員会をわずらわせたこの提案が否決されてしまったのだから、そこにいたる総会の議論はさぞかし紛糾したものと察せられる。26日付けの同紙はつぎのように書いた。
Au point qu’il y a quelques jours les planétologues ne retrouvaient plus leurs petits.
「(動議がくりかえされた)結果、惑星学者たちは大混乱に陥ってしまった」
挙句のはて、前記の決定にいたったわけだが、アメリカの落胆は大きかっただろう。なにしろ大金を投じた探索の末にNASAが発見した2003 UB313(フランスではXenaと呼んでいる)を「第10惑星」と命名して得々としていたのだから。その上、75年らい自分の同胞が発見した唯一の惑星と認められてきた「冥王星」までが矮惑星planète naineに格下げされたとなっては、まさに「寝た子を起こした」とでもいうしかない。実に愚かしい展開だ。
Il ne faut pas réveiller le chat qui dort.(眠っている猫をおこしてはいけない)
Let sleeping dogs lie.(眠っている犬を起こすな)
たかが天文学者間の科学論争として軽んじるまい。前にとりあげたSaint-Exupéryの「星の王子さま」のことを想起しよう。彼自身が治めている星も、歴訪した星もみな小惑星astéroïdeで、そこには例の実業家や点灯夫たちが住むだけだったではないか。これを考えただけでも、アメリカ人の無念さが理解できよう。彼らは簡単に引き下がらないのではないか。
最後に、上記例文に出てきたretrouverについて一言。上の例は、そもそも
Une chienne(Une chatte) n’y retrouverait pas ses petits.
「(母犬/母猫でさえわが子を見つけそこなうほど)その場が散らかっている」
という成句の変形だと思われる。したがって、ここでのretrouverはto findの意味で用いられていると考えてよかろう。ただ英語との関連でみると、カヴァーする範囲がなかなか広い。二、三の例をあげるが、いずれもこの動詞の基本的用法で、会話でもよく使われる。
Je l’ai retrouvé 10 ans après en Angleterre.
I met him again after ten years in England.
「彼には10年後イギリスで再会した」
Je retrouve son père en lui.
I can see his father in him.
「彼は父親の面影を彷彿させる」
Venez nous retrouver devant la porte.
Come and join us outside the gate.
「門の前にいますから来てください」 |