Sarkozy大統領
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大方の予想どおりNicolas Sarkozy大統領が実現した。前任のChirac氏もそうだったが、この人もわかりやすい演説をする。その点、フランス語聞き取り練習の先生として私は歓迎したい。むろん耳の上だけでなく、訳読のテキストとしても捨てがたい。文章が表向きの易しさの底に企みを秘めているからだ。当選が決まったあと、Salle Gaveauの聴衆に向って最初の発言interventionがあった。それを読んで特に興味をおぼえたことが二つある。
一つはスピーチの組み立て方だ。彼は、型どおり、愛国心の表明から始めたあと、呼びかけの相手を自分に近い人たちから順に外側にひろげていく。
Ce soir, ma pensée va aux millions de Français qui, aujourd’hui, m’ont témoigné leur confiance. 「今夜、私の思いは本日私に信頼を寄せてくれた多数のフランス国民(=自分に投票してくれた選挙民)に向います」
Et ma pensée va à Mme Royal. 「それから私の思いはロワヤル夫人に向います」
つまり先刻まで敵だった女性の名をあげ、彼女の支持者たちを「尊敬する」respecterといったあと、「大統領はすべてのフランス国民を愛さねばなりません」として、こういう。
Ma pensée va donc à tous les Français qui n’ont pas voté pour moi.
「したがって、私の思いは私に投票しなかったフランス国民すべてに向うのです」
その上で、国民全体の結集を呼びかける。
J’appelle tous les Français par-delà leur parti, leurs croyances, leurs origines, à s’unir à moi pour que la France se remette en mouvement. 「私は党派や信仰や出自の違いを超えて、フランスが再出発するため、国民全体が私の元に結集するように呼びかけます」
選挙結果に不満な若者たちが散発的にせよ暴力を振うまで国論を引き裂いたことは事実だから、後始末の責任者として、この呼びかけ自体は当然だろう。しかし、その妥当性よりもこのスピーチで私の興味をひくのは、新世代の大統領が近代フランス精神の手本とされるデカルトの教えに忠実なことだ。というのも、17世紀の哲学者は『理性を正しく導く...ための方法序説』Discours de la Méthode pour bien conduire sa raison...の中で基本的な「四つの規則」quatre préceptesをみずからに課したときに、三番目として、「順序」を強調しているからである。
de conduire par ordre mes pensées, en commençant par les objets les plus simples et les plus aisés à connaître, pour monter peu à peu, comme par degrés, jusques à la connaissance des plus composés ; et supposant même de l’ordre entre ceux qui ne se précèdent point naturellement les uns les autres. 「私の思考を順序よく導くこと。もっとも単純で認識しやすいものから始めて、すこしずつ、階段を上るように、もっとも複雑なものの認識まで上っていき、自然のままでは前後の順序がきまらないものの間にさえ順序を仮定して進むこと」
この「規則」に照らしてSarkozy演説を見返してみよう。自分に身近なところから遠いところへ、順番に波紋のように呼びかけの相手の環が広がっていることがわかる。しかも、上記のあと、訴えかけの対象は国外へ、そして世界へとさらに拡大していくのだ。
Je veux lancer un appel à nos partenaires européens...「EUの相棒諸国」
nos amis américains 「友好国アメリカ」 tous les peuples de la Méditerranée「地中海諸国」
tous les Africains「アフリカ諸国」 そのあと、呼びかけの対象は一段と広くなる。
tous ceux qui, dans le monde, croient aux valeurs de la tolérance, de la liberté, de la démocratie, de l’humanisime「世界中にあって、寛容・自由・民主主義・ヒューマニズムの価値を信奉している人々」
さて、二つ目の興味は何か。大統領は政策の眼目とする「変化」changementの推進にあたって、「団結と博愛の精神」un esprit d’union et de fraternitéを強調する。これまでの論調からしてそれは当然だが、興味深いのはその際、「排除」「切捨て」が繰り返し否定されていることである。
...sans que personne n’ait le sentiment d’être exclu, d’être laissé pour compte.
「自分はのけ者にされている、無視されているという気持ちを誰ひとり持たないように」
Tous ceux que la vie a blessés, ceux que la vie a usés doivent savoir qu’ils ne seront pas abandonnés, qu’ils seront aidés, qu’ils seront secourus.「生活に痛めつけられた人たち、生活にくたびれ果てた人たちは、自分たちは捨てられはしない、助けてもらえる、援助してもらえるということを知るべきです」
Ceux qui ont le sentiment que, quoiqu’ils fassent, ils ne pourront pas s’en sortir, doivent être sûrs qu’ils ne seront pas laissés de côté et qu’ils auront les mêmes chances que les autres.「何をしたって、自分たちは窮状から脱け出せっこないと思っている人たちは、確信を持ってしかるべきです──放置されることはなく、他の人たちと同じ機会に恵まれる、と。」
ここに出てくる一連の動詞[句] exclure, laisser pour compte, abandonner, laisser de côté
はそのまま「排除」「切り捨て」の系列に属する類義語のリストになっていて、それが目をひく。講演者がそうはさせないと躍起になって力説しているのはわかるのだが、皮肉な見方をすれば、いえば言うほど却って、みずからのタカ派的な過去を蘇えらせてしまう嫌いがある。
Michele Alliot-Marie 内相
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2005年に内務大臣ministre de l’Intérieurだったころ、パリ郊外のLa CourneuveやArgenteuilなどで青少年犯罪délinquance juvénileが多発し、暴動が頻発したことを忘れた人は少なかろう。騒ぎは一応収束された以上、それは彼の功績に数えられるのだろうが、半面、強権的な政治姿勢が不気味な印象を残したことも否めない。一例を示せば、担当大臣として貧民街を視察した彼は、荒れる若者たちを「社会のクズ、ごろつき」racailles(英語ではscums, dregs, riff-raffに相当。大臣が口にするのは慎むべきコトバのようだ)と呼んだばかりか、彼らの住む一帯をnettoyer au Kärcher「洗車機(註:名高いブランド名)にかけて洗浄する」と言い放って物議をかもしたのだった。
ともあれ今は「手をつないで働く」travailler ensemble必要を訴える大統領だ。内相のポストに旧Chirac派の女性をすえたことも意図あってのことだろう。本稿としては、フランス語学習の先生としてのお手並みを静かに見守る、というだけにとどめよう。 |