朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
同音のコトバたち 2008.3エッセイ・リストbacknext
 このところMIURA KAZUYOSHIという名前が日本のマスコミをにぎわせている。漢字で書くと、三浦和義。ただ、少しまえは三浦知良という表記だった。むろん別人物で、一方は殺人事件の容疑者、他方はスポーツ界の英雄。大違いだが、耳で聞くかぎり区別がつかない。固有名詞でもこの始末なのだから、普通名詞の場合の混乱は思いやられる。一例をあげれば、テレビのニュースで「シアン」という時、音にかぶせて「試みの案」と漢字を添える。「私の案」との混同を予防しようとしているのだろうが、こういった類の「同音異義語」homonymeはたくさんある。そのあまり、落語や漫才の方では、取り違えから生じる混乱を笑いの材料にしようと、てぐすね引いて待っている。
 フランス語は日本語にくらべると母音・子音ともに数が多いから、重複が生じる可能性はずっと低いはずだが、それでも問題はすくなくない。カミュの名作L’Etranger(久しく 『異邦人』の名で知られていたが、いまや『よそもの』という新訳が話題になっている)の開巻まもなく出てくるつぎの文を見てほしい。
 Deux d’entre eux (=chevalets en forme de X), au centre, supportaient une bière recouverte de son couvercle.
 「(広間の)中央で、数あるX字型の架台のうちの二つが、蓋をかぶせたbièreを支えていた」 ということになるが、このbièreが飲み物の「ビール」だと思う人はあるまい。この語には「棺桶、柩」という別の語義があり、小説の主人公はここで母の「柩」と向き合うことになるのである。
 要するにbièreの場合、古いフランク語を語源とする後者と、オランダ語bierに由来する前者がたまたま同綴であるために、「同綴異義語」homographeとなった。念のために対応する英語を探ると、coffinと beerであり、似ても似つかない2語である。

3月初頭の市庁舎。冬季は広場にはアイススケートリンク場が設置されている。
 似たような例にgrèveがある。
1) La mer rejette des coquillages sur la grève.
「海は砂浜に貝を打ち上げる」
2) Les ouvriers se sont mis en grève
「工員たちはストライキをはじめた」
これまた同綴異義語というわけだが、bièreの場合とはちがって語源は共通だ。もともと1)の用法の延長としてパリのセーヌ河畔の砂場がla Grève(現在のla place de l’Hôtel de Ville「市役所広場」)と呼ばれたところに端を発する。このグレーヴ広場は昔処刑場に用いられたが、ここに石工・人夫らが職を求めて集まるようになり、当初は「グレーヴ広場で就職の機会を待つ」という意味でfaire grèveといったものが、1845~1848年頃から「就業拒否」「ストライキ」の意味に転じたという。英語では、いうまでもなく、shoreとstrikeで、ここでは重なる心配がまったくない。
 いずれにせよ、フランス語ではhomographeで、しかもhomophone「同音異義語」であるということになるが、その例を二、三拾っておく。

mousse 1)  [植] コケ。[英] moss
  2) 泡。[英] foam ; (石鹸の)lather ; (ミルク、コーヒーの表面の)froth ; (ビールの)head
  3) 見習水夫。[英] ship’s apprentice
faux 1) (形容詞) 誤った、偽りの;[英] wrong, false
  2) (長柄の)鎌。[英] scythe
livre 1) (女性名詞)[貨幣]ポンド。[英]pound
  2) [重量]リーヴル;(英米の)ポンド。[英]half a kilo; pound

 livreについては動詞livrerの活用形の場合もあることに注意。
Il nous livre un peu de lui-même dans ses romans.
He reveals something of himself in his novels.
「彼は自作の小説のなかに自身の秘密をいくぶんか洩らしている」
 やっかいなことに、homographeではないが、homophoneだというケースがある。例をあげよう。 以下の二組の語はどれも発音は同一で、音の上ではたがいに区別できないが、綴字・語義はかけ離れている。違いを示すため、フランス語、訳語、英語の順に並べる。

◆[エル]
air 1) 空気、大気air。 2) 様子、態度 manner。3) 旋律、メロデイ tune
aire 区域、領域 sphere, area
ère 紀元、時代 era, age
erre 動詞errer 「さまよう」の活用形
hère un pauvre ~ 哀れなやつ a poor wretch

◆[ポワ]
pois  えんどう豆 pea
poids  重さ、重量 weight
poix  木タール、ピッチ pitch


獲物に襲いかかる...
 こうした例は他にも多いから探してみるとよい。これと並んで、悩ましいのは、むしろ同一の語の多義性である。今回の締めくくりに、同じ動詞fondreが使われたつぎの3文を訳しわけてほしい。
1) La neige fondit au soleil.  
2) Brusquement, Marie fondit en larmes. 
3) La mouette s’élança et fondit sur un poisson dans la mer.
1) (fondre = to melt)「陽光にあたって、雪は解けてしまった」
2) (fondre en larmes = to dissolve into tears) 「にわかに、マリーは泣き崩れた」
3) (fondre sur= to swoop down on)「鴎は飛び立ち、海中の魚に襲いかかった」
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