朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
借り方vs貸し方 2010.6エッセイ・リストbacknext

ジャック・アタリ photo:wikipedia

 ギリシアの財政赤字が世界経済を混乱させている。この国が輝かしい伝統を誇ることは今さらいうまでもないが、率直にいってそれは過去の栄光にすぎない。現況を見ると、国土面積は132000㎢(日本の3分の1強)、人口は1100万弱という小国である(ともにPetit Larousse 2004による)。その国の財政問題がなぜこれほどまでの騒ぎになるのだろうか。
 それに関連して5月24日付Le Monde紙の経済関連の時評(筆者はPierre-Antoine Delhommais)を紹介する。例によって体裁は哲学的だが、難解だといって敬遠するのをやめて、すこし辛抱してつきあってみようではないか。
 まず、読者の度肝を抜こうとして、幅広い著作で知られる経済学者・評論家Jacques Attaliの近著からの引用ではじまる。アタリ氏はかつてMitterrand大統領の特別補佐官をつとめたことが示すように、国際経済について豊かな見識と大胆な戦略をもつばかりでなく、17世紀の天才Pascalの評伝を書くほどに哲学的な思索家でもある。その彼によれば、人間は神に命を「借りている」という。
 Prêter, c'est prendre le risque de s'attirer l'ingratitude de ses débiteurs. Dieu court le risque d'être maudit par les hommes. De même, celui qui prête son nom, son travail, son amour ou son argent, prend aussi le risque d'être détruit par ceux qui n'entendent rien devoir à personne --- et encore moins rembourser.
 「貸す、それは借り手の不払いを招くリスクをおかすことだ。神は人間に呪われる危険をおかしている。同様に、名前・仕事・愛情あるいは金を貸す者もまたリスクをおかしている、誰からも何も借りているつもりのない人たち、ましてや返済するつもりのない人たちに破滅させられるリスクを」
 突拍子もない話のようだが、ギリシア騒動の中身を考えれば見当がつく。ギリシア政府は公務員の年金にあてる費用を確保するために、過去の負債の返済を迫られている。返済できなければ、新規の貸主を見つけることができない。そこで借金を減らそうとして、公務員給与の引き下げを決めた。そこで引き下げに抗議するゼネストが起こった。財政赤字dettes publiquesを招いた責任は政府がとるべきだ、という理屈である。ドイツやフランスは打開のために緊急の財政援助を求められたが、そんな危なっかしいギリシア政府をどこまで信用していいものだろうか。
  この不安の背後には、ヨーロッパの過去の悪夢がわだかまっている。デロメ氏によれば、歴史をふりかえると、どうやら踏み倒しの前例で満たされているらしいのだ。
 Les créanciers tiendraient enfin leur revanche, après des siècles où ils furent chassés, brûlés, martyrisés, spoilés, par des Etats drogués à l'emprunt et aussi indifférents aux droits de l'homme qu'aux droits des prêteurs.
 「とうとう貸主たちが復讐しようというのだろう。これまで何世紀にもわたって、負債にまみれ、しかも人権にも貸主の権利にも冷たい国家により、彼らは追放され、焼き殺され、虐待され、略奪されてきたものだったが」
ヴォー=ル=ヴィ コント城
 この後にフランスではLouis VIII, Louis IX, Philippe le Bel、英国ではEdouard Ier, が名指される。皆、強権を発動して、高額の負債を踏み倒してしまった国王たちだ。フィリップ美男王は財力を誇ったles Templiers「テンプル騎士団」から融資をうけたあげく、これをとりつぶしてしまった。財務卿Fouquetは財力をほしいままにし、Vaux-le-Vicomteという城館を建てたが、Louis XIVは不正蓄財を理由に彼を逮捕、幽閉し、負債の帳消しどころか、財産を没収した上、Versaillesに臣下の上をいく宮殿を造営した。スペイン王家にいたっては、1500年以来、実に13回にわたって不払いdéfauts de paiementを積み重ね、その方面での世界記録を立てたという。
 18世紀末に、英国の経済学者Adam Smithはいみじくも次のように喝破している。
 A un certain niveau d'accumulation de dettes nationales, il n'y a guère d'exemples, je crois, qu'elles aient été loyalement et complètement payées.
 「国家の負債がある程度の水準に達すると、それが公正に全額返済されたという前例は、わたしが信ずるところ、ほとんどない」  この前例を見るかぎり、ギリシア政府の破産は確率が高いとみなければならないだろう。しかし、デロメ氏の不安はそれにとどまらない。貧窮国が破産したとしても、富裕国の一部の貸主が小さな損失を受けるだけで済む。ところが、今の世界はどうだろう。
 Mais, aujourd'hui, ce sont les Etats les plus prospères qui se retrouvent au bord du défaut de paiement. Avec pour créanciers...des nations au niveau de vie dix à vingt fois inférieur : la banque centrale chinoise est le premier détenteur au monde d’emprunts d'Etat américain.
 「しかし、今日、支払い不能の瀬戸際に立っているのはもっとも繁栄している諸国なのだ。その貸主といえば、生活水準が10倍から20倍も劣等の国々である。たとえば、中国中央銀行は米国債の世界一の保有者だ」
 米国債については、日本が第2位の保有国であることを忘れてはならない。しかも、みずから世界一の財政赤字をかかえている。この先はどうなるのか。
 デロメ氏の文章に表向き日本の名は出てこない。しかし、現状は従来のdébiteurs「借り方」対créditeurs「貸し方」の関係を一変させた、という指摘のあとに続く氏の結論は、わたしたちの不安をいっそう増幅するように思える。
 Il n'y a plus ni fort ni faible. Seulement la certitude d'une ruine garantie pour les deux parties en cas de défaillance de l'une ou de l'autre.
「今となっては強者も弱者もいない。ただし確かなのは、どちらかの財政が機能不全に陥ったとしても、双方とも破産することだ」
 蛇足だが、最後のgarantieは動詞garantirの過去分詞で、certitudeに一致したもの。

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