朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
メリメのロマ人論 2010.11エッセイ・リストbacknext

シモン・ロシャール作
「プロスペル・メリメ」

 前回につづいて、メリメのロマ人論をとりあげる。Prosper Mériméeはわたしがフランス語を習いはじめた頃はMaupassantやDaudetなどとならんで、教材になる機会がもっとも多い作家だった。なかでもコルシカを舞台にした短編Matheo Falconeの緊迫した進行は初心者のわたしに消えぬ印象を残した。ただ、いま問題にしたいのは、彼がのちにinspecteur des Monuments historiques「歴史的記念物監督官」に任命されたこと、そして修復家として名高いViollet-le-Ducと組んで各地を回り、荒廃に瀕していた歴史的建造物の修復・復元にあたったことである。パリのSaint-Germain-des-PrésやNotre-Dameなどの教会建築、南西フランスの城塞都市Carcassonneがその成果の代表だ。徹底した修復の手法には批判もあるようだが、二人の先見の明のお蔭で十九世紀中葉にこの作業が始まったわけで、今日のフランス観光産業が二人に大きく負っていることはまちがいない。
 メリメに宿る探求者の精神が『カルメン』執筆にも物をいった。結末の後に、ロマ人の風俗や言語にまで話題をひろげ、収集した情報を披露せずにはいられなかった。情報の一つにこんな逸話がある。Vosgesはドイツ寄りの山岳地帯。
 J'ai visité, il y a quelques mois, une horde de Bohémiens établis dans les Vosges. Dans la hutte d'une vieille femme, l'ancienne de sa tribu, il y avait un Bohémien étranger à sa famille, attaqué d'une maladie mortelle. Cet homme avait quitté un hôpital où il était bien soigné, pour aller mourir au milieu de ses compatriotes. Depuis treize semaines il était alité chez ses hôtes, et beaucoup mieux traité que les fils et les gendres qui vivaient dans la même maison. Il avait un bon lit de paille et de mousse avec des draps assez blancs, tandis que le reste de la famille, au nombre de onze personnes, couchaient sur des planches longues de trois pieds. (Carmen, chapitre 4)
 「私は数カ月前に、ヴォージ地方に来て住んでいるジプシーの集団を訪れたことがあった。この集団の最年長者なる一老婆の小屋に、この老婆とは家族関係は全然ないが、死病にとりつかれている一人の外来のジプシー男が宿っていた。この男はそれまで行き届いた手当を受けていた病院を捨ててまで、自分と同じ種族のあいだで死にたい一念からここへ来ているのだった。すでに十三週間以来、この男は世話してくれるこの家で病床にあったが、この家の家つきの息子たちや婿たちよりは、ずっとよい扱いを受けていた。彼には藁と苔を詰めた寝心地のよいベッドと、かなり白いシーツが与えられていたが、十一人の家族の者は、一メートルほどの板切れの上に寝ていたものだ。」
 この内容は、その前段でメリメが指摘したロマ人の特徴の実例とみることができる。すなわち
  En général on peut dire que leur principale vertu est le patriotisme, si l'on peut ainsi appeler la fidélité qu'ils observent dans leurs relations avec les individus de même origine qu'eux, leur empressement à s'entraider, le secret inviolable qu'ils se gardent dans les affaires compromettantes. (id.)
  「全般的に言って、彼らの道徳の根本は、愛国心にあると言えるようだ。もしも彼らが自分と祖先を同じくする個人に対する関係において守りつづけるあの忠実さ、相互援助のあの熱心さ、怪しげな事業にあって、彼らがお互いに守りつづけるあの秘密保持の堅さなぞというものを、愛国心と呼んでさしつかえないとしたら。」(同上)
 国境を無視して流浪をつづけるロマ人たちの基本道徳が「愛国心」だというのは、なにやら矛盾するように響く。けれども、上の逸話を読み返せば、メリメの正しさを認めぬわけにはいかないだろう。しかも、古い話にとどまらず、21世紀のいま祖国に送金をつづける出稼ぎ移民の人たちにも通じるはずだ。
 他方、余所者として差別されるロマ人が、逆境にあるのに、それにめげるどころか、むしろ逆に一般住民に対し優越感をもつ場合もある。メリメはそれを見逃していない。
 Ils se sentent une race supérieure pour l'intelligence et méprisent cordialement le people qui leur donne l'hospitalité. --- Les Gentils sont si bêtes, me disait une Bohémienne des Vosges, qu'il n'y a aucun mérite à les attraper. L'autre jour, une paysanne m'appelle dans la rue, j'entre chez elle. Son poêle fumait, et elle me demande un sort pour le faire aller. Moi, je me fais d'abord donner un bon morceau de lard. Puis, je me mets à marmotter quelques mots en rommani. « Tu es bête, je disais, tu es née bête, bête tu mourras... » Quand je fus près de la porte, je lui dis en bon allemand : « Le moyen infaillible d'empêcher ton poêle de fumer, c'est de n'y pas faire de feu. » Et je pris mes jambes à mon cou.(id.)
 「彼らは自分たちを知能的にすぐれた種族だと信じるのあまり、親切に自分たちを受入れてくれている国民を、なんとはなしに軽蔑する結果になる。―――《普通の人間ときたら、まぬけぞろいなので、あんな連中をだましても自慢になんかなりはしません》ヴォージにいるジプシーの一人はこう豪語していた。《先日も通りを歩いていると百姓女が呼びとめるのではいってみました。かまどがいぶっていました。具合よくなるようにお祓いをしてくれという頼みです。私はまず大きなベーコンを一切れ頂戴しましたよ、そのうえでロマニ語で口の中でむにゃむにゃと呪文を唱えたものですが、これがなんと「あんたはばかだ、ばかで生れてばかで死ぬ…」という意味の呪文でした。出口の所で、私はドイツ語ではっきり言ってやりました、「かまどがいぶるのを避けるにいちばん手近な方法は、火を焚かないことだってさ」と。言うなり私は一目散に逃げ出したものです》(同上)

アンリ・ルソー「眠れるジプシー女」



 文中、peupleは少し前にles gens peu éclairés「無知な人たち」とあるから、「庶民」とすべきか?またgentilにはヘブライ人から見た「異邦人」、キリスト教徒から見た「異教徒」の意味がある。ここでは、ロマ人から見た「土地の人、フランス人(あるいは)ドイツ人」の意味にとるべきだろう。
 この挿話の意味は何か?直接には無知を笑いものにしているが、同時に、カルメンが占いを信じているという小説の記述を補強する意味をもつ。しかし、それだけではない。ロマ人を受け入れたヨーロッパ住民が侵入を迷惑に思っているだけではなくて、彼らからそれなりに恩恵をうけていることを示唆しているのではないか。そして、このgive and takeの関係は現在の状況にも通じるのではないか。そんな気がするが、どうだろう。
 
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