朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ベンガル虎の絶滅 2010.12エッセイ・リストbacknext

ラドヤード・キップリング

 ル・モンド紙(11月13日付)のFrédéric Bobin「アジア便り」、は「ベンガル虎の死」La mort du tigre du Bengaleと題し、「ラドヤード・キップリングは暗い予言を聞けばきっと打ちのめされたことだろう」La sombre prédiction aurait sûrement accablé Rudyard Kipling.の一文で始まっている。キップリングはいうまでもなくイギリス人としてはじめてノーベル文学賞を受けた作家だが、下の名句を生んだ詩人でもある。
 East is East, West is West and never the twain shall meet.
 「東は東、西は西、そして両者がまじわることはけっしてあるまい」
 しかし、彼の代表作は、なんといっても『ジャングル・ブック』The Jungle Book(1894、仏訳名はLe Livre de la jungle)につきるだろう。これはディズニー映画にもなったし、日本のテレビ・アニメ『ジャングルブック、少年モーグリ』として52回の長きにわたったから、ご記憶の向きも多かろう。このアニメはフランスにも輸入されてAntenne 2で放映されたことを付言しておく。
 ところで上記の「暗い予言」とは何か。インドの週刊誌Tehelka に載った記事に関係する。そこにはこう書かれていた。
  Sher Khan ne régnera pas, il mourra. Telle est la nouvelle loi de la jungle.
  「シア・カンの支配は終わり、彼は死ぬだろう。それがジャングルの新たな掟である。」
 シア・カンとはモーグリの宿敵、ジャングル中で恐れられている人食いトラである。インド現地では、こうしてPanthera tigris tigris「ベンガルの王虎」の絶滅の近いことが報告されたのだった。つまり、往年シア・カンたちが制圧していたジャングルは、もはや、「国際犯罪組織に雇われた墓掘り人のための墓地」un cimetière aux fossoyeurs stipendiés par le crime transnationalにすぎないというわけだ。
 Une sorte de boucherie à ciel ouvert équarrissant le fauve pour en écouler les plus nobles parts sur le marché international où, là encore, comme pour le pétrole ou le cuivre, la Chine manifeste un insatiable appétit.
 下線部はéquarrirの現在分詞。équarrissage 「解体処理」とは「食肉にならない動物の死体処理の方法で、死体から皮や、骨や、脂などを取りだす作業」を指す。 「一種の野天屠殺場で、虎を解体処理し、もっとも高貴な部分を国際市場にむけ出荷しようとするものであり、その市場では、石油や銅の場合と同じように、またしても中国が飽くなき購買欲を発揮しているのだ」
 「もっとも高貴な部分」とはどの部位なのか。そして中国がそんなに「その部位」の獲得に躍起になるのは、なぜなのか。
 A en croire la médecine traditionnelle chinoise, le fauve serait doué de vertus curatives exceptionnelles. La peau chasse les mauvais esprits, l'os en poudre est un fortifiant, le cerveau dissipe l'acné, la griffe soulage l'insomnie, le globe oculaire guérit la malaria, et le pénis (mijoté en soupe) opère comme aphrodisiaque.
 「中国の伝統医学を信ずるならば、虎は例外的な治療力を授かっているらしい。皮は悪霊を祓ってくれる。骨粉は強壮剤だし、脳はニキビを治し、爪は不眠症を癒し、眼球はマラリアに効き、ペニス(スープに煮出せば)は催淫効果を発揮する。」
 「スープに煮出せば」とわざわざ注記するあたり、まさか読者が試してみることを予想したわけではあるまいが、漢方療法の特異さを想像させる効果は十分だろう。
 それはさておき、Traffic(自然保護運動グループの集合体)の報告によると、虎という「地上に生存するもっとも伝説的な種」が「骨と皮だけになった」Reduced to skin and bones, Réduits à la peau et aux os現状を示す数字はまさに寒心に堪えない。2000年から2010年までに殺された虎は世界中で約1千頭(主にアジアで)という。これはsaisies officielles (police, douane)「公式の押収結果(警察、税関)」にすぎないから、実際の犠牲ははるかに多いだろう。その結果、1世紀前には5大陸で10万頭に達していた虎が今日では3200頭以下に激減したという。
 ターバンを巻いたマハーラージャの「虎狩り」la chasse au tigreなどというのは昔語りで、今やdes mafias tentaculaires「四方に触手を伸ばすマフィア」の時代なのだ。自然保護区les reserves naturellesの中に強力な金属罠les pièges aux puissantes mâchoires métalliquesが仕掛けられ、虎の水飲み場に毒薬が撒かれる。
 La capture d'un fauve peut rapporter entre 1500 et 3000 euros: une fortune pour les communautés marginalisées, laissées-pour-compte de l' « Inde émergente ». Là est l'une des difficultés de la lutte contre le massacre des tigres. Droits des animaux contre survie des tribus? Un dilemme assez classique.

ベンガ ル虎

 「虎1頭で1500ユーロから3000ユーロの稼ぎになる。<躍進するインド>からのけものにされ、周辺に放置された地域の住民にとっては一財産だ。虎殺し反対運動の問題点の一つがここにある。動物の生命をとるか、住民の生活をとるか?これはこれまで繰りかえされてきたジレンマだ。」
 Tibetでは古来、la peau des tigres et des léopards 「虎や豹の皮」が祭り衣装chupasに欠かせぬ飾りとして珍重されてきたが、自然保護を重視するdalaï-lamaの鶴の一声で、祭りの際に « Porter sur soi des peaux d'animaux ou de la fourrure est contre le bouddhisme »「動物の皮または毛皮の着用は仏教の教えに反する」という法令が出来て、事態は一変したそうだ。
 インド政府は北京にも強力に働きかけて、虎市場の過熱ぶりを抑えるように働きかけているようだが、筆者は「ベンガル虎外交」une diplomatie du tigre du Bengaleはすでに手遅れか、と「アジア便り」を結んでいる。
 日本はクジラやマグロで責められる一方だが、他に目を転じて、隠れたところで進んでいる中国などの侵略を問題視する外交戦略も必要だろう。
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