朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
津波の後 2011.04エッセイ・リストbacknext

東日本大地震の津波
 tsunamiがフランス語として辞書にのっていることは前から知っていたが、3月11日(11という数字がまたしても凶事を招いたのか!)の大災害のせいで、誰にもわすれがたい単語になってしまった。まして、そのtsunamiがNicolas Sarkozy大統領を日本に呼び寄せるきっかけになったのだから、このシリーズでもとりあげなくてはすまない。
 現大統領は前任のJacques Chirac氏とはちがって日本には冷淡だったのだが、津波が彼の態度を一変させたのだ。突然の訪日の表向きの理由ははっきりしている。 Le Mondeのインターネット版(3月31日付)はこう伝えている。
 Le président français, Nicolas Sarkozy, est arrivé jeudi à Tokyo pour exprimer sa « solidarité » aux autorités japonaises, qui se débattent en pleine catastrophe nucléaire trois semaines après un gigantesque séisme et un énorme tsunami qui ont ravagé le nord-est de l'archipel.
 「ニコラ・サルコジ仏大統領は木曜日に東京に着いた。日本列島東北部を壊滅させた巨大地震とけた外れの大津波の3週間後、放射能災害の渦中にあって苦闘する日本当局に対する<連帯>の意思を表明するためだ」
大統領はdes normes internationales de sécurité nucléaire「原子力(原発)の国際安全基準」の制定という政治提案と同時に、つぎのような技術支援を申し出た。
 La France propose d'envoyer des robots pour travailler dans les zones contaminées. Elle offre aussi son expérience en terme de mesure de la radioactivité.
 「フランスは放射線汚染区域で作業するロボットの提供を提案する。また、放射能測定に関する経験を伝授する」
この熱意の裏には、温暖化問題の解決に原発は欠かせないから、その信頼性を守らねばならぬという世界情勢があるが、それに加えて、フランスに固有の事情がある。つまり、この国の経済にとって原発が揺るがせにできない基幹部門の一つになっているのだ。その証拠に、大統領に先だちAreva社の代表Mme Lauvergeonが来日して、意気込みの強さを示したが、3月22日付Le Mondeの紙面にはすでに大見出しが踊っていた。
 Nucléaire : l'horizon international d'Areva s'obscurcit
 「原子力:アレバの国際的な先行きに暗雲立ちこめる」
 それにつづくリードが事情を具体的に補足している。
 Le groupe français, leader mondial du secteur, devrait pâtir d'un ralentissement du marché lié à la catastrophe au Japon.
 「業界の世界トップをいくフランス企業グループ(=アレバ社)は日本の大惨事に因って市場低迷の苦境に立たされるにちがいない」
 因みに、EDF「フランス電力公社」CEA「原子力庁」とともにフランス原子力関連産業の中核を担う同社の業務は、vente de réacteur「原子炉の販売」、fourniture de combustible 「核燃料の提供」、retraitement et recyclage des déchets「核廃棄物の再処理・再生利用」 の3部門にわたるが、各国がこのさき核利用に慎重になることはまちがいなく、そうなれば、同社への打撃は大きいというわけだ。
 ところで、サルコジ大統領の訪日にはもう一つ重大な目的があった。すなわち在京フランス人の激励である。ヨーロッパ人は日本人以上にTchernobyl原発爆発の被害を忘れずにいるから、福島原発の事故にも敏感に反応し、放射能禍におびえて命からがら逃げ出したのだ。Le Figaroの国際版(3月31日付)によれば、災害前に東京に在住したフランス人は6000を数えたのに、今は3000にすぎない。同紙はつづける。
 Rien de bien « français » : à Tokyo, les Allemands sont passés de 5000 à 500. Partout, on relève la « psychose » qui sévit dans les pays d'origine et pousse au retour.
 「特に<フランス的な>ところはまったくない。というのも、東京のドイツ人の数は5000から500に変わったのだから。世界各地で、<ヒステリー>が指摘できる。それが出身国内で大々的にひろまり、帰国を促すのだ」
 フランス大使館の電話は東京や本国からの問い合わせで鳴りつづけた。
 Un tel climat a poussé la dipolomatie française à un délicat pas de deux, pas de deux que certains ont interprété comme de la « fébrilité ». Le Quai d 'Orsay, par le canal de l'ambassade, recommandait le 17 mars aux Français de Tokyo de « quitter la région pour le sud du pays ou pour la France ». Dans une interview au Nikkei le 24 mars, l'ambassadeur de France affirmait que l'Ambassade « n'avait jamais dit aux Français de quitter le Japon »

サルコジ大統領

 「こうしたムードのためフランス外交官たちは難しいパ・ド・ドゥを踊らされた。<熱に浮かされた>という見方もできるパ・ド・ドゥを。フランス外務省は大使館を通じて、3月17日、在京のフランス人に対し<現地を離れ、日本の南方またはフランスに向かう>ように勧告した。3月24日、フランス大使は日経紙の取材に、大使館が<同胞に対し日本を離れるように指示したことはけっしてない>と断言した」
  このムードが記者自身にも伝染しないはずはない。その証拠に、大統領と日本の菅直人首相との会談を報じる記事に同紙はつぎのような見出しをつけたのだった。
 Nicolas Sarkozy au chevet des expatriés au Japon
 訳をつける前にちょっと考えてみよう。chevetは 「枕元」だが、rester au chevet de qn「人の看病をする」のように使うし、フランス語宝典にはAuprès d'une personne alitée (généralement pour cause de maladie mortelle)「床に就いた(概して死病が原因で)人の傍らで」という説明までついていることに注意したい。前置詞句の後にくるのは、「現に東京にいるフランス人たち」それがなんとexpatriésなのだ。この名詞の元になる動詞expatrierの意味は、expulser「強制的に国外退去させる」あるいはenvoyer au loin 「遠隔地に派遣する」以外にはない。つまるところ、見出しの訳はこうなるだろう。
 「ニコラ・サルコジ、日本に島流しされた同胞を見舞う」
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