朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
Jobs氏の死の意味 2011.11エッセイ・リストbacknext

Steve Jobs氏 (写真:Kyro)
 Appleの生みの親Steve Jobs氏の死去はフランスでもビッグニューズだ。ただし、新聞を見ていて気づいたことがある。それは何か?
 まず10月7日付のル・モンド紙。
 L'homme à la touche magique, le visionnaire de la technologie, Steve Jobs. Le leader charismatique, capable d'animer une communauté de « Mac- fanatiques », puis « d'iPod, d'iPhone et d'iPad maniaques », de galvaniser ses équipes et de bouleverser la vie quotidienne de centaines de millions de personnes dans le monde, n'est plus.
 「魔法のタッチをもつ男、テクノロジーの幻視者、スティーヴ・ジョブズ。カリスマ的リーダーで、<マック・ファン>、つぎに<iPod, iPhone, iPad狂>の共同体を立上げ、自分の作業チームに活を入れ、世界中の何億人もの日常生活を一変させることができた男、彼が逝ってもういない。」
 記事の筆者Laurence Girardは、Appleの発明は「二十世紀産業界大伝説の一つ」une des grandes sagas industrielles du XXe siècleと呼び、それでも足りず「一つの文化現象」un phénomène culturelとまでいい、こう付け加える。
 Il n'y a qu'à voir les images de ces fans d'Apple pleurant leur « dieu », mercredi soir à New York, pour s'en convaincre.
 「水曜日(10月5日死去の日)の晩ニューヨークで自分たちの<神>の死を悼んで泣くあの大勢のアップル・ファンの映像を見ただけで、それが納得できる」
 要するに、大天才の偉業を絶賛しているわけで、日本のマスコミの論調と変わらない。私がおどろいたのは1週間後10月12日付の同紙Au fait, Steve créait-il des « jobs » ?「要するに、スティーヴは<ジョブ(仕事)>を創出したのか?」と題するSylvain Cypelのウォール街便りだった。筆者は切りだす。
 Le jeu de mots est facile, mais Jobs portait-il bien son nom?
 「地口は簡単にできるが、ジョブズは自分の名前なりの仕事をちゃんとしたのだろうか」
 20年でアップル社をIBMとMicrosoftを合わせた規模の大企業にしてみせた彼の手腕を評価するところから始まる。しかし、論点はすぐに移り、旧大陸では、アップルこそすべての悪の根源だという認識がますます強まり、要するに、もはや物作りをやめたアメリカの象徴となったことを指摘する。
 La part des biens qu'elle (=l'Amérique) fabrique par rapport à ceux qu'elle consomme a reculé de deux tiers en cinquante ans. Et le problème n'est pas seulement vrai des sous-vêtements, des chaussures, du mobilier d'appartement ou du petit électroménager. Cette évolution touche aussi le coeur de sa puissance : le high-tech. Apple en est l'incarnation.
「アメリカが作り出す財貨の、消費する財貨にたいする割合は、50年間で3分の1に減少した。しかも問題は単に下着・履物・家具・家庭電化製品についてだけ正しいのではない。この傾向はアメリカの権勢の中心部にもおよんでいる。アップルはまさにその権化なのだ。」
 ここで興味深いデータが紹介される。

iPad

 アップル製品は中国の工場で組み立てられる。そのコストは総体のコストの3.6%にすぎない。Made in Chinaを名乗るのはおかしいのではないか、という議論がアメリカにはあるらしい。しかし、見方を変えて、iPhone1台ごとに部品の価格で各国の分担割合をしらべてみると、驚くべき事実が判明する。日本34%、ドイツ17%、韓国13%、その他の国(10カ国程度)36%、このうち6%がアメリカ(アップル社を含め)。すると中国をわずかに上回る割合にすぎない。これでは、Made in Chinaに文句をいえるはずがない。
 En réalité, la part d'Apple se résume à la conception et à la commercialisation, les deux fonctions au bout de chaine qui sont, aujourd'hui, les plus lucratives, mais qui génèrent moins d'emplois « américains » (et, pour la distribution, bien plus précaire). Bref, même dans l'innovation chère à Barack Obama pour relancer l'emploi, la machine-américaine ne fabrique pas.
 「実際、アップルの分担は考案と商品化に帰する。工程の両端は今日ではもっとも儲かるが、<アメリカ人>の就職先を生み出す割合は低い(流通に関してはさらに不安定だ)要するに、就職先を創出しようというバラク・オバマにとって大切な新規産業部門においてもアップル社は生み出していない。」
 アメリカの経済学専攻のTyler Cowen教授の著書はLa Grande Stagnation「大不況」と題されていて、Cypelによると、アップルの成功をもってしても止められなかったアメリカの経済的凋落に対する不安を代弁しているそうだ。
 教授はいう「iPodを例にあげれば、合衆国に創出した就職口は1万4000以下。Google全体でも2万。Twitter、せいぜい300』」要するに、アップルに代表されるIT産業のいう「革命」は神話にすぎない。現存のものを改良するだけで、真の革命にはならない。往年のFordやBellやGeneral Electricなどが社会に提供したbons emploisに比べれば、冗談みたいなもの。
 Bref, la fausse « révolution » du virtuel et du numérique serait aussi une source d'emploi très virtuelle.
 「要するに、ヴァーチャルとディジタルの世界の、偽の<革命>は就職口を生むにしてもきわめてヴァーチャルなものになるだろう」
 ル・モンド紙はJobsの死について、両方の見方を示した。顧みて、日本の新聞にこれほどの度量と見識が備わっているか、疑わしいことに気づく。

筆者プロフィールbacknext

【NET NIHON S.A.R.L.】
Copyright (c)NET NIHON.All Rights Reserved
info@mon-paris.info