朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ユーロ危機の裏で 2011.12エッセイ・リストbacknext

Giscard d'Estaing元大統領

 ユーロ危機はヨーロッパだけでなく、世界全体の経済に混乱をもたらし、その波紋はますます大きくなるばかりだが、その発端がギリシャの財政破綻にあることは誰もが知っている。その時にあたって、Valéry Giscard d'Estaing元大統領のつぎの発言が騒ぎになっている(11月17日付Le Monde紙)。
 La décision de faire participer la Grèce à la monnaie unique était une grave erreur. A Athènes, les gouvernements successifs, depuis 1982, ont eu une gestion démagogique, laissant la dépense publique augmenter beaucoup plus vite que la croissance, pour des raisons purement électoralistes. Même si le pays avait signé le traité de Maastricht, il était évident que l’économie grecque n'était pas prête à entrer dans la monnaie unique. Mais le lobbying des dirigeants politiques français de l’époque [Jacques Chirac et Lionel Jospin] a été efficace.
「ギリシャをユーロ圏に加入させるという決定は大失策だった。ギリシャでは1982年以降、入れ替わり立ち替わり政権についた政府がつぎつぎ民衆に迎合する政治を重ね、経済成長よりもはるかに早いスピードで公共支出が増大するにまかせたのだが、もっぱら選挙目当てだった。ギリシャがマーストリヒト条約に調印したにしても、この国の経済がユーロ圏に入る態勢になかったことは明らかだった。しかし、当時のフランス政界指導者(ジャック・シラクとリオネル・ジョスパン)の舞台裏工作が効果を発揮したのだった。」
 これにはいくつか注釈がいる。
 まず、念のために確認するのだが、EU(European Union, [仏]Union européenne)加盟国(現在27カ国)がすべてla monnaie unique, euro単一通貨ユーロを採用しているわけではない。英国やデンマークのように、議会の議決あるいは国民投票なしでは加盟できないと主張し、その旨、条約の例外規定に盛り込まれた例があるほか、スウェーデン・チェコ・ポーランドなど8カ国はユーロとは別の通貨を用いている。むろんマーストリヒト条約は単一通貨を柱にしているから、加盟国は採用の義務がある。ただし、通貨統合を可能にするための収斂基準critères de convergence5項目をクリアしなければならない。
 ・le taux d'inflation ne doit pas excéder de plus de 1,5% celui des trois pays membres ayant les plus faibles taux d’inflation
 「インフレーション率は加盟国中最低の3カ国の率を1.5%以上超えてはならない」
 ・le déficit budgétaire doit être inférieur à 3% du PIB
 「財政赤字は国内総生産の3%を下回らねばならない」
 ・un endettement public inférieur à 60% du PIB
 「公的負債は国内総生産の60%を下回らねばならない」
 ・les taux d'intérêts réels à long terme ne doivent pas excéder de 2% celui des trois pays membres ayant les plus faibles
 「実質の長期金利は加盟国中最低の3カ国の利率を2%超えてはならない」
 ・pas de dévaluation monétaire dans les deux années précédant l'intégration à l'union monétaire
 「単一通貨統合に先立つ2年間に平価切下げがないこと」
 ところで、上記発言でギリシャのユーロ圏加盟承認を「大失策」としていることに関連して、名指しではないがChiracとJospinの責任が問われていることに注目しよう。欧州理事会Conseil européenが加盟を承認したのは2001年1月だが、当時、フランスはcohabitation「保革共存」(今なら「ネジレ国会」?)の時代で、シラク大統領の元でジョスパン率いる社会党が政権を握っていた。lobbyingの中身はともかく、「ユーロ圏に入る態勢が整っていなかった」という指摘は、今にして思えばいかにも正しい。ル・モンド紙の記事「ギリシャ・ヨーロッパ間の大きな誤解」Grèce-Europe Le grand malentenduにはこうある。
 Les comptes publics du pays s'avèrent sans rapport avec les chiffres annoncés jusque-là : en 2001, le déficit n’était pas de 1,4% mais de 3,7% ; en 2004, il n’était pas de 1,2% mais de 5,3%... L'appreil statistique, les hypothèses de croissance, tout est faussé. « On a eu le sentiment de s'être fait avoir », se souvient un membre de la Banque centrale européenne.
 「ギリシャの財政状況はこれまでに伝えられていた数字と無関係なことが判明した。2001年に赤字は1.4%とあったが、実は3.7%だった。2004年には1.2%とあったが、実は5.3%だった、などなど。統計も成長率の予測も、すべて偽装されていた。<ハめられたという感じでしたね>と欧州中央銀行の一人は述懐する。」
 とすると、ユーロ参加を後押ししたChiracもJospinも「ハめられた」のだろうか。同じ記事は別の、興味深い談話を紹介している。


アテネの混乱 
(写真:Pascal Rossignol/ロイター))

 Didier Reynders, ministre belge des finances depuis 1999, reconnaît que l’entrée d'Athènes dans l'euro était « suffisamment importante politiquement pour que l'on s'affranchisse de deux ou trois critères ». Sans compter la portée symbolique de l'entrée de la plus vieille monnaie d'Europe, la drachme, dans l'euro.
「1999年からベルギーの財務相だったDidier Reyndersが認めているのだが、ギリシャがユーロ圏に加わることは、<政治的に重要だったから、基準の二つや三つ免除してもよかったのだ>。しかも、ヨーロッパでもっとも古い通貨ドラクムがユーロに加わるという象徴的な効果もあった。」
 いよいよ問題の発言者がほかならぬジスカール・デスタン氏であることに目を向けよう。Charles de Gaulle、Georges Pompidouに次ぐフランス第五共和政下、第3代大統領の氏はギリシャのEU加盟実現に向けて旗を振った末、欧州理事会議長として1979年5月28日にアテネで加盟承認文書に署名したのだった。 « On ne ferme pas la porte à Platon ! »「プラトンを閉めだすわけにはいかない!」という彼の殺し文句が決め手だったといわれる。その彼がなぜ上のような発言をしたのか。謎解きは次回にゆずろう。

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