朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
豪華客船の座礁 2012.2エッセイ・リストbacknext

座礁したコスタ・コンコルディア号
photo: ロイター
 「船を離れた。船が沈みそうだから」という名(?)台詞とSchettino船長の名は世界中にひろまった。おかげでネット上は大騒ぎ。この時とばかり海難史が持ち出され、沈没船と運命を共にしたTitanic号のSmith船長や旧日本海軍潜水艦の佐々木艦長の名が称えられる。興味深いのは、その一方で、「無責任なところは東電に似ている」という感想が目立つことだ。これは日本人だけの反応ではないらしい。国際的なNGO、Greenpeaceがダボス会議Forum économique de Davosにあわせて企画したEntreprise la plus irresponsable du monde「世界一無責任な企業」をネット投票で選定するPublic Eye Awards 「世間の目賞」2012は東電Tepcoを2位にランクした。理由はpour sa gestion de l'accident de Fukushima et ses failles en matière de sécurité dans ses centrales nucléaires「福島事故の処理と原発の安全管理に関する欠陥」とある。この1年間の対応を思えば、確かに受賞に値するというしかない。
 ふと植木等の「ニッポン無責任時代」を思い出した。調べてみると、彼の歌う「無責任一代男」がヒットしたのは1962年、つまり半世紀も前のことになる。あらためて時の流れを痛感するが、今から振りかえると、あの頃の日本人はずいぶん責任感が強かった。そのぶん「無責任」ぶりを謳歌する植木等がモテたのだろう。残念ながら、近頃の日本は上から下まで国中が「無責任時代」そのものを地でいっている感じがつよい。イタリア人船長の所業に目くじらを立てる資格が私たちにあるのか、といいたくなる。
 愚痴はそのくらいにして、今度の事件を報じるLe Monde紙(1月18日付)を見ていて日本のメデイアとは一味ちがっていることに気づいた、その点を明らかにしたい。
 一つは、問題の客船Costa-Concordia号の背後関係の捉え方だ。日本のマスコミでは、運航するCosta Croisières社はイタリア籍になっているが、ル・モンドによれば、所有者はアメリカのCarnival社で、この大元の会社は世界中のクルーズ市場の実に4分の3を支配している、という。世界の経済危機が企業吸収を促したが、当の大企業でさえ、今や窮地に追いこまれているということらしい。事件はその現状と無関係ではない。
 Alors que l'action de Carnival a perdu, le 12 janvier, 17% à la Bourse de Londres, l'entreprise doit à tout prix sauver au moins sa réputation. Cosata, qui avait prévu de serrer ses prix en 2012 pour affronter la crise, prévoit une perte de 90 millions d'euros, soit le chiffre d'affaires attendu par le Concordia en 2012.
 「カーニヴァル社の株が1月12日にロンドン市場で17%下落した矢先だから、企業としては何としてもせめて評判だけは守らねばならない。そもそもコスタ社は不景気に対処するため2012年には料金の圧縮を計画し、9000万ユーロの損失を予測している、すなわちコンコルデイア号の2012年分の取引高にあたる額だ」
 コスタ社の支配人がune erreur humaine「人為的ミス」を嘆く一方、la sécurité du navire「船体の安全」を強調した背景はここにある。仏紙はFrancesco Schettino, un coupable idéal ? 「F. スケッテイーノはお誂え向きの犯人?」としているが、ただの皮肉ではすまされまい。
 他方で、serrer ses prixの実態にも目をむける必要がある。ネットで見ると、ある日本の地中海観光業者は「今の時期であれば、11日間でクルーズ、飛行機代全部入って18万円台からツアー代金が設定されています」と述べている。裏をかえせば、豪華客船が売り物だとはいっても、富裕層向けの世界一周クルーズ(「飛鳥」なら425万~2450万円かかる)とは別に安上がりのクルーズが存在し、その用途にあわせて造られたのがコスタ・コンコルデイア号だということになる。大雑把な比較を試みれば、前述のタイタニック号の排水量は4万6300トン、これに対し今回の船は11万4500トン、乗客数は1324対3780と大型化が著しい。その一方、乗員は899対1090ということからすると、詰め込みの結果、サービス低下が避けられぬことは明白だろう。
 もう一つ、「乗員に郷里を見せるために船を島に接近させた」ことが船長の「奇行」として伝えられているが、これについて、ル・モンドはもっと踏み込んだ記述をしている。
 La « surprise» était certainement prévue d'avance. A 9h 06, la soeur d'Antonello, enseignante sur l'île, invitait ses amis via Facebook à venir voir le bateau qui allait passer, disait-elle, « vicino vicino »(très très près). Trop près sûrement.

トスカナ諸島
 「(船長の乗員に対する)<サープライズ>はもちろん事前に予想されていた。アントネッロ(乗員)の姉はジリオ島で教員をしているのだが、9時6分にフェイスブックを介して友人たちに沖を通る船を見に来るように誘っていた。<近く、とっても近くを通る>と彼女は述べていた。たしかに近すぎたのだった」
 さらに驚くべきは、つぎの事実だ。
 Cette manoevre consistait à longer l’île au plus près pour saluer ses 800 habitants n'est pas une première. Elle a même un nom: l'inchino (la révérence). <...> Au mois d'août, Sergio Ortelli, le maire du Giglio, avait envoyé à l'un des capitaines de la Costa pour le remercier de « ce spectacle unique en son genre, devenu une tradition irremplaçable ».
 「この行動は島にできるかぎり沿うように航行し800人の島民に挨拶するというものだが、初めてのことではない。これには<敬礼>という名前までついている。<ここで、同じ風習がFelliniの映画にも出てくることが紹介される>。去る8月にはジリオ島のセルジョ・オルテリ村長がコスタ社の一船長宛てに手紙を書き、<この種のスペクタクルとしてはユニークで、掛替えのない伝統になった>として謝意を表したのだった。」
 仏紙を離れ地図に目を転じよう。Alexandre Dumasの小説Le Comte de Monte-Christo『モンテ・クリスト伯』の主人公が財宝を入手した問題の島はすぐ隣だし、北に進めばNapoléonの流謫地として名高いElba島、さらにその西には彼の生地Corsica(現在は仏領でCorse)が控えている。要するに、この辺りはロマンチックな冒険の檜舞台だったのだ。今度の事故は、ここ西地中海でも、世界化mondialisationの波が地方文化culture localeを押しつぶそうとしていることを、はからずも明るみに出した、とう見方もできよう。
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