朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
人類は進歩しているのか? 2012.3エッセイ・リストbacknext

ダマス
By Douma Revolution http://flic.kr/p/bhR3Jv
 「リビアの暗澹たる記念日」Sombre anniversaire en Libyeと題するLe Monde紙の論説(2月25日付週刊版)を見て、ハッとした。東日本大震災から1年という報道のかげで、意識の裏におしやられていた恰好だが、2010年末のTunisieにはじまりEgypteからLibyeに飛び火した「アラブの春」Printemps arabe;[英]Arab Springは過ぎ去るどころか、いまも進行中なのだ。Syrieでは政権側が強気なことまでは承知していたが、おどろいたことに、2月21日付同紙はつぎのような見出しの記事を載せるにいたった。
 En Syrie, la contestation du pouvoir gagne Damas
 「 シリアの反政府勢力、ダマスに進出」
 さらに記事の本体は、昨年3月のシリア反乱勃発以来はじめて、首都ダマスの民衆が大量にデモに参加したことを伝え、ある女性活動家のつぎの発言を紹介している。
 C’est un tournant. Damas a trop longtemps dormi. Il est temps qu'elle se réveille.
 「曲がり角です。ダマスは長く眠りすぎました。いまこそ目覚める時です」
 もしこのまま事がすすめば、シリアは本格的な内戦に突入することになるが、情況は流動的で、先行きは予断を許さない。3月になってからは政府側が挽回し、反対勢力はダマスはおろか北方の拠点Homsからも撤退したと伝えられている。ル・モンド紙が別の記事でAl-Assad est son meilleur ennemi「アル=アサドこそ自らの最大の敵」と指摘するように、現在のBashar Al-Assad大統領は二つの顔を持つ。父Hafez Al-Assadを引き継いでrégime baasiste「バース党体制」の中樞に位置してからも、英国で西欧的教養を身につけた人らしく近代化に取り組むポーズを見せる一方、アラブ圏の指導者らしく強権発動も辞さない。しかし、いよいよ正体を現わすべき局面が近づいているのだろう。
 ところで、シリアの現状もさることながら、それより気がかりなのは、冒頭にあげたリビアの国内情勢だ。去年の10月20日にKadhafi大佐の最期が報じられた段階から、リビアには平和がもどり、民主政治への第一歩がふみだされたものとばかり思っていたのだが、実は余所者の希望的観測にすぎなかったようだ。ル・モンド紙(2月20日付)が伝える後日談は、過去1年の時が空しく流れ、期待が無残に裏切られたことを明かしている。
  Un an après le début du soulèvement contre Mouammar Kadhafi, la multiplication des récits de torture en Libye suscite l'embarras des pays occidentaux. L'intervention militaire avait été conduite en 2011 au nom de la « protection des civils », mais voilà que l'image du « combat pour la liberté », mené en particulier par la France et le Royaume-Uni, apparaît ternie par les exactions que commettent les anciens rebelles.
 「ムアンマール・カダフィに対する反乱の開始から1年、リビアにおける拷問情報が度重なり、西欧諸国を当惑させている。2011年には<民間人保護>の名で軍事介入が行われたが、このところ、特にフランスや英国が進めた<自由のための戦い>のイメージは、元反乱分子による権力乱用のせいで色褪せて見える」
 要するに、現政権を支配するConseil national de transition「リビア国民評議会」(CNT)による暴虐行為は、政治に名を借りたrèglement de comptes「仕返し」にすぎないのだが、これを西欧側が大目に見たために、事態は悪化の一歩をたどっているらしい。
Face aux rapports alarmants des organisations non gouvernementales(ONG) –Amnesty International a notamment documenté, depuis septembre 2011, douze cas de détenus torturés à mort --, les autorités françaises, à l'Elysée et au Quai d’Orsay, ont donné l’impression de pratiquer la politique de l’autruche.
 NGO―― 特にアムネスティ・インターナショナルは2011年9月から今日までに12件の拷問死を記録にとどめた――の危惧すべき報告に対し、フランス当局は大統領府も外務省も危険を直視せず、見て見ぬふりをしている」。因みに、最後の成句はダチョーが危険な目にあうと、砂の中に頭を隠す、と言われていることによる。

ダランベール
 この記事の背景には数週間後にせまったフランス大統領選挙があり、2011年9月にBenghaziを訪ねて以来、リビア情勢には口を閉ざしているSarkozy大統領に対する非難の気配が見てとれる。
 しかし、当面わたしの関心はフランスの国内情勢よりも、リビアの市民生活、とりわけ「拷問の横行」という現実に向かう。それに衝撃を受けていた矢先だから、たまたま目にした百科全書Encyclopédie の一節に強く惹きつけられた。というのも、この大著が出た250年以上も前のフランスで「拷問」がすでに問題視され、排斥されていたことがうかがえるからだ。引用文の執筆者はD'Alembert(1717-1783)、項目は宗教改革で名高い Calvin(1509-1564)が神政政治を敷いたスイスの町「ジュネーヴ」である。
La justice criminelle s'exerce avec plus d'exactitude que de rigueur. La question, déjà abolie dans plusieurs états, et qui devrait l'être partout comme une cruauté inutile, est proscrite à Genève; on ne la donne qu'à des criminels déjà condamnés à mort, pour découvrir leurs complices, s'il est nécessaire. (綴りは現代風に改めてある)
「刑事裁判は峻厳というよりはむしろ厳正にとり行われている。すでに多くの州で廃止されている拷問は無用な残酷行為としてどこでも廃止されてしかるべきものだが、ジュネーヴでは禁止されている。すでに死刑宣告を受けた罪人にだけは共犯者を発見するために拷問が加えられるが、それも必要な時に限られる」なおquestionは古い用法で、tortureの意味。
 百科全書最終17巻の最終項目Zzuéné, Zzeueneは古代エジプトの都市名とされているが、この項を担当したJaucourt(1704-1780)は、百科全書派が敬愛する英国の哲学者Francis Baconを引きながら、諸学問・諸技芸の集大成が人類の未来に輝かしい光明をもたらすことを念じて結語としている。
 そこで思わず問いたくなるのだが、辞書完結(1772年)のあと、はたして人類は編者たちの願いどおりに知識を磨いた結果、政治的にも道徳的にも進歩を遂げたのだろうか。すくなくとも「拷問」に関するかぎり、その答は暗澹たるものにとどまることは間違いない。

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