朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
自由の国アメリカ? 2012.4エッセイ・リストbacknext
 アメリカ西部の舗装道路を延々と走りつづけた経験をもつ文化人類学者で詩人の菅啓次郎は「あれだけの広さの土地に、あれだけの可動性が手軽に利用できるかたちで準備されている例」は世界中でたぶんアメリカ以外にはない、とした上で、著書『斜線の旅』に書いている。「そこでは広大さと希薄さが価値であり、逃亡と所属の解除が目的となる」。いまは「東京にしばりつけられている」という彼にとって、アメリカはまさに対極的な「自由」の世界そのものを体現しているわけだ。
 そんな長距離ドライヴの経験のないわたしでも、こういう捉え方を示されれば、「自由の国アメリカ」に憧れたくなる。それだけに、Le Figaro紙(3月28日付)のNew York bannit de l’école les mots politiquement incorrects「ニューヨークは政治的に不穏当な単語を学校から追放する」という見出しには目を疑った。どこかの独裁専制国のような文言はアメリカでももっとも自由なはずのニューヨークにふさわしくないと思ったからだ。本体をみると、記事はこう書きだされている。
 Un texte du département de l’éducation de la ville de New York veut éviter les mots et les concepts qui pourraient choquer les élèves... Des recommandations ont été faites à l'attention des entreprises rédigeant les tests utilisés pour comparer le niveau des élèves dans les diverses écoles de la ville de New York.

恐竜
 「ニューヨーク市教育局の一文書は児童生徒の心を傷つけかねない単語や概念の使用を避けるように求めている。...勧告の宛先は、ニューヨーク市内のさまざまな学校で児童生徒のレヴェルを比較するために利用される学力テストを制作する企業である」
  この説明を見るかぎり驚くにあたらないし、市当局が教育の自由に干渉したことにはならない。問題は、禁句にされた約50語のリストが日常生活の全般にわたっていて、ごく当たり前の語句をふくんでいることだ。
 たとえば、l'alcool(bière et spiritueux), le tabac et les drogues「アルコール[ビール、スピリッツ]、タバコ、麻薬」とかla pornographe「ポルノ」とかle terrorisme「テロリズム」あたりの締め出しはやむをえないのだろうが、1)les dinosaures「恐竜」、2)les anniversaires「誕生日」がなぜ禁止されねばならぬのか、見当がつかない。これについては記者も奇異な印象をうけたらしく、禁止にいたった背景説明を添えている。
 1)...car ils évoquent fortement la théorie de l'évolution de Darwin, qui pourrait mettre mal à l'aise les fondamentalistes chrétiens défendant le créationnisme.
「この語はダーウインの進化論を連想させるが、これは天地創造説を主張するキリスト教原理主義者を不快にさせかねないからだ」
 2) Les anniversaires sont à exclure pour ne pas offenser les témoins de Jéhovah, qui ne les fêtent pas.
 「誕生日は<エホバの証人>の信者たちを傷つけないために排除されねばならない。彼らは誕生日祝いをしないから」
 要するに、1)2)とも信仰の違いに対する配慮がはたらいていることになる。信仰の自由を認める代償として、コトバに制約がくわえられたということだろう。
 他方、配慮という意味では、児童生徒の両親の生活にからむケースも目につく。la perte d'emploi「失職」、la pauvreté「貧困」にはじまり、les ordinateurs à la maison(les ordinateurs à l'école ou dans une bibliothèque sont acceptables)「家庭用パソコン[学校または図書館のパソコンならかまわない]」、les sujets sportifs qui nécessitent des connaissances préalables「予備知識が必要なスポーツ関連の課題」、les maisons avec piscine「プールつきの家」などまでが禁止されている。背景には自由競争がもたらした所得格差があるのだろうが、その格差が巨大化し、今や子どもたちの日常的な自由を侵害し始めている。禁止勧告はそれを裏返しの形で表現したものと考えるしかないだろう。
 

F.スコット・フィッツジェラルド
事態を別の角度から裏づける記事がLe Monde紙(2月29日付)のLettre de Wall Street「ウォール街便り」だ。そこではObama大統領がこの春、議会に提出した経済白書に出ているグラフ、いわゆるla courbe de Gatsby le Magnifique;[英]The Great Gatsby curve「グレート・ギャツビー曲線」が紹介されている。このグラフの名はアメリカの作家Francis Scott Fitzgerald(1896-1940)が1920年代に下層から上層へ夢の出世を果たした俄か成り金の栄光と悲惨を描いて話題となった小説の主人公に由来するのだが、un graphique où se croisent, sur un axe horizontal, les données mesurant le degré d'inégalité des revenus et, à la verticale, le lien entre le revenu du père et celui de ses descendants, baromètre de la mobilité sociale「横軸に収入格差の程度を示す数値、縦軸に父の収入と子の収入との関連を示す数値、すなわち社会の流動性のバロメーターだが、これら両者が交差する図形」だ。
 ところで、世界各国の曲線をあわせたそのグラフが暴き出しているものは何か。
 Quel que soit l’angle sous lequel on l'observe, les Etats-Unis sont les plus mauvais.Les inégalités de richesse se mêlent à un immobilisme social que l’on pensait réservé à la Vieille Europe.
 「どんな視点から見ても、合衆国は最悪だ。富の不均衡が社会の非流動性とからみあっている。この非流動性はこれまで旧大陸ヨーロッパのみの現象と考えられてきたのだが」
記事は続いて、近年アメリカで顕著な格差の拡大を指摘する。
 Le nombre de familles vivant avec moins de 2 dollars par jour a plus que doublé en quinze ans, passant de 636 000 en 1996 à 1,5 million en 2011.
 「1日2ドル以下で暮らす家庭の数が15年間で2倍以上に達し、1996年に63万6000世帯だったものが、2011年には150万世帯になった」
 そもそもこの記事はLe déclin du rêve américain「アメリカン・ドリームの終焉」と題されているのだが、ニューヨーク市教育局の勧告は、はしなくも、それがフランス人記者Claire Gatinosの憶測でないことを証明したといえよう。
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