朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
原発の安全性 2013.1エッセイ・リストbacknext

安倍首相

 昨年暮れの28日付Le Monde紙はLe nucléaire à l’heure du doute「疑惑の時期を迎えた原発」という社説を掲げた。こう書き起こされている。
 Ni Three Mile Island en 1979 ni Tchernobyl en 1986 n’avaient délié les langues à ce point-là. Il a fallu attendre la catastrophe nucléaire de Fukushima du 11 mars 2011 pour que les défenseurs de l’atome, même parmi les plus acharnés, se mettent à douter de l’ « excellence » d’une énergie qu’ils ont longtemps défendue les yeux fermés.
 「1979年のスリーマイル島も1986年のチェルノビルもこれほどまで議論を呼び起こすことはなかった。2011年3月11日の福島の原発大事故がおこるのを待って、ようやく、原子力の擁護者、それももっとも熱狂的な擁護者までもが、それまでながらく目をつぶって擁護してきたエネルギーの<卓越性>を疑いはじめた。」
 まことに真っ当な指摘と思えるが、呆れたのは同日付(時差の関係で、実際はこの方が先に出たことになるが)の朝日新聞が「<原発ゼロ>さらに後退、安倍政権 新増設の凍結白紙」という大見出しを掲げ「<2030年代に原発ゼロ>という方針を見直すとともに、<未着工の原発の新増設は認めない>という方針も白紙に戻す考えを示した」と報じたことである。つまり、あれだけの事故の被害を被った当の日本が、まるであの事故が嘘であったかのように性懲りもなく原発推進政策を打ちだしたということだ。とかく日本人は忘れっぽいといわれるが、今度という今度は度がすぎるのではないか。
 さて、安倍新政権の暴挙を知ったうえでいうのだが、同日付の「ル・モンド」紙はもう一つ驚きの材料を用意していた。というのは、7面の「プラネット」欄に日本の新原発政策をそのまま正確に伝えているからだ。
 M. Abe veut prendre une décision sur la relance des 48 réacteurs à l’arrêt d’ici trois ans et établir un « mix énergétique optimal »dans les dix ans.
 「安倍氏は、向う3年停止中の原子炉48基の再起動を決定し、かつまた10年以内に<最良のエネルギー・ミックス>を確立したいと望んでいる。」
 因みに、「エネルギーミックス」とはエネルギー源として,化石燃料combustible fossile, [英]fossil fuel、再生エネルギーénergie renouvelable,[英]renewable energy、原子力、これら3者の比率を設定することをいう。安倍首相らが、原子力の割合をできるかぎりふやそうという立場にたっていることはいうまでもない。
 ところで、上にわたしが「驚きの材料」といったのは、この安倍方針の紹介がこれだけで終わらず、そのあとに原子力規制委員会の活動が紹介され、両者がセットになっている、いいかえれば、政府の方針が一人歩きしないような規制が働いているという論理構成になっているからだ。
 …les travaux de l’Autorité de régulation du nucléaire(ARN) ---la structure indépendante installée en septembre par l’administration précédente à la place des discréditées Agence de sûreté nucléaire et industrielle et Commission de sûreté nucléaire--- pourraient l’inciter à revoir ses ambitions. Ses experts ont fait savoir, mardi, que la centrale Higashidori, dans le nord de l’île de Honshu, pourrait avoir été bâtie sur deux failles actives.
「原子力規制委員会――9月に信用を失墜した原子力保安院と原子力委員会とに替って前政府の手で設置された――の作業の結果、安倍氏は自らの野心の改訂を迫られるかもしれない。同委員会の専門家たちが火曜日に発表したところでは、本州の北にある東通原子力発電所は二つの活断層の上に建てられた可能性がある。」
 記事はこのあと、島崎邦彦氏が指揮する地震・地質の専門家チームが柏崎・刈羽発電所や浜岡発電所などについても同様の調査をつづける予定であること、過去40万年間に活動記録のあるものは活断層と認められることを記し、つぎのようにつづく。
S’il était reconnu que des centrales ont été construites à la verticale de failles actives, les compagnies d’électricité devraient alors revoir la résistance sismique des installations, voire fermer les réacteurs. Les conséquences financières seraient énormes.
 「発電所が活断層の真上に建設されていることが認められた場合は、電力会社は設備の耐震性を再確認し、さらには原子炉を閉止せねばならない。財政負担は巨額にのぼるだろう。」
 結局、東北電力や日本原子力発電が原子力規制委員会の結論に抗議していることにも触れた上で記事はおわるのだが、わたしが注目したいのは、記事の見出しがDifficile relance de l’atome au Japon「日本における原発再起動は難航」となっている点だ。一見、上記の朝日新聞の見出しと矛盾し、財界をはじめ、日本の指導層の意思を正しく伝えていないように見えるが、この記事が「プラネット」という欄に掲載されていることを忘れまい。
 実は、この欄のトップはLes doutes du patron de la sûreté nucléaire belge「ベルギー核安全の元締、懐疑的」となっている。くわしく立ち入るスペースはないが、事の発端は昨年の6月ベルギーのDoel原発3号機の原子炉容器に複数のひびが入っている可能性が見つかったところに遡る。同国のAgence fédérale de contrôle du secteur nucléaire連邦原子力管理庁(AFCN)の長官Willy De Roovereは「8月末まで原子炉稼働を停止する」と決定し、その後も停止状態が続いている。同長官がまもなく定年退職するのにあたって、12月24日にラジオ放送でつぎのように言明したというのだ。
 Nous devons nous demander si le risque nucléaire est encore acceptable.
 「原発の危険性がいまなお受け入れ可能であるのかどうか、疑ってみるべきです。」
 長官は立場上きわめて慎重な言葉遣いをしているが、それだけに重くうけとめる必要がありそうだ。
  Ma réflexion est la conséquence de la catastrophe de Fukushima.
 「わたしの反省は福島大事故の結果です。」
 En matière nucléaire, le risque est très faible, mais les conséquences d’un accident peuvent être extrêmement graves.
 「原発に関しては、危険はとても軽微なものですが、事故がおきたらその結果は極度に重大なものになりかねません。」
 Chaque pays devrait débattre tout en tenant compte de la question principale : « Quel est le niveau de risque résiduel acceptable pour la population ? »
 「各国は次の根本問題を考慮しつつ議論をかさねるべきでしょう。<国民にとって許容可能な残留放射能レベルはいくつか?>」
 彼の出した結論はこうだった。
 En toute honnêteté, si je considère ce risque, je choisirai d’autres formes d'énergie.
 「正直なところ、原発の危険性を考えると、私としては他のエネルギー源を選びますね。」


Le Monde紙に掲載のマンガ。
 Le Monde紙は別掲のマンガを掲げた。3人の専門家の物語。原発の視察にあたったフランス人、日本人、ベルギー人の3人だ。逃げ出していく日本人、ベルギー人に向かってフランス人が叫ぶ、AH ? VOUS LA CONNAISSEZ DEJA ?
 「ええ、君たちには分かってるの、もう?」目的語のlaは何か、考えてください。
 このマンガとは裏腹に日本は原発にしがみつくフランスの立場に戻ろうとしている。 

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