朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ノーベル文学賞と国威 2012.12エッセイ・リストbacknext

今年度受賞者「莫言」Mo Yan
photo by: Johannes Kolfhaus, Gymn. Marienthal via Wikipedia
 今年のノーベル文学賞が中国の莫言氏Mo Yanに授与されたことは周知のことだが、日本のマスコミの取りあげ方に興味をもった。というのも、作品の紹介や評価はそっちのけで、「すべてを政治に結びつける」中国のお国柄を問題視する姿勢が目立つからだ。毎日新聞がその典型で、「『国威発揚』に弾み---中国政府も歓迎」という見出しをかかげて、国をあげての喜びようを強調する一方、「中国関係者へのノーベル賞と中国側の反応」として、チベット仏教指導者ダライ・ラマDalaï-lamaへの平和賞(1989年)、作家高行健氏Gao Xingjianへの文学賞(2000年)、民主活動家劉暁波氏Liu Xiaoboへの平和賞(2010年)を「賞を政治目的に利用している」として中国政府あるいは作家協会が非難したこと、さらに劉氏は今も獄中にあることを伝えた。なるほどそれは事実にちがいないし、現在の日中関係のなかでは相手の弱みを突くべきところなのだろう。しかし、ノーベル文学賞を国威発揚の材料にする態度はなにも中国にかぎったことではない。とかく個人主義にこだわるフランスだって例外ではないのである。
 そもそも第1回の文学賞受賞者がフランス人であること、それをフランスが誇りにしていることをご存じだろうか。『フランス・フランス人編年史』Chronique de la France et des Français(Larousse, 1987)の1901年の項に次の記述がある。
 Sully Prudhomme, premier prix Nobel Stockholm, 10 décembre
 Le premier prix Nobel de littérature est français : le poète Sully Prudhomme a reçu du roi de Suède la distinction remise par l’Académie de Stockholm selon les instructions du chimiste Alfred Nobel. Décédé il y a cinq ans, celui-ci avait disposé de presque toute sa fortune pour la fondation de cinq prix annuels. Le prix de littérature doit être décerné « à l’auteur de l’ouvrage littéraire le plus remarquable d’inspiration iéaliste ». La poésie philosophique de Sully Prudhomme le désignait avec évidence.

第1回受賞者Sully Prudhomme
 「シュリ・プリュドム、最初のノーベル賞受賞、12月10日ストックホルムで
 ノーベル文学賞の第1回受賞者はフランス人だ。詩人シュリ・プリュドムは化学者アルフレッド・ノーベルの指示にしたがいストックホルム学士院が与える勲章をスエーデン国王から授与された。ノーベルは5年前に死去したが、毎年与えられる五つの賞の基金としてほとんど全財産を譲渡していた。文学賞は<理想主義的な発想でもっとも傑出した文学作品の著者に>さずけられる。シュリ・プリュドムの哲学的な詩作品はあきらかにその趣旨に適っていた」
 記事はこのあと当時の文壇の大御所Théodore de Bainvilleの讃辞で終わるのだが、今やわずかに文学史の片隅に残るだけの(現行のPetit Larousseの百科項目からは消されている)詩人の評価を云々するよりも、彼のためにロシアのTolstoï(『戦争と平和』1865-69、『アンナ・カレーニナ』1890、『復活』1899)が受賞を逃したことの方を力説すべきだろう。この文豪のアナーキスム的思想、とりわけ『復活』によりロシア正教会から破門されたという経歴が災いしたらしいが、フランス学士院の強力な働きかけが奏功したという見方もできるのではないだろうか。「第1回受賞者はフランス人だ」という栄光がなんとしても欲しかったにちがいない。
 この愛国主義的傾向はWikipediaのフランス語版、le prix Nobel de littératureの項にも見事に反映されている。そこには当然のことながら、過去の受賞者と国名が列挙されている。そこからフランスの受賞者を拾っておく。
 プリュドムのあと、(2)Frédéric MISTRAL(1904)、(3)Romain ROLLAND(1915), (4)Anatole FRANCE(1921), (5)Henri BERGSON(1927)、(6)Roger MARTIN DU GARD(1937), (7)André GIDE(1947), (8)François MAURIAC(1952), (9)Albert CAMUS(1957), (10)SAINT-JOHN PERSE(1960), (11)Jean-Paul SARTRE(1964), (12)Claude SIMON(1985),(13)GAO Xingjian(2000), (14)LE CLEZIO(2008)とつづく。念のために補足すると、(2)は南仏の詩人、プロヴァンス語の保存に貢献した。(5)は哲学者だが、ある時期まで哲学者も受賞していた。(11)は受賞を辞退した。(13)は上記のとおりれっきとした中国人だが、亡命してフランスに帰化した。
 さて、いま名前の前に番号をつけたが、説明の便宜をはかるだけでなく、受賞者の数を示す意味がある。それというのも、実はWikipediaにはつぎのようなRécompenses par nationalité「国別受賞ランキング」が追加され、数が特別に大きな意味をもってくるからだ。なにしろ表では満足できず、仰々しい円グラフまでそえる力の入れようなのだ。ここでは、表の上位5位まであげるのにとどめ、グラフは省く。

Nationalité 国籍 Lauréats 受賞者数 % パーセント
France フランス 14 12.8
Etats-Unis アメリカ 12 11
Royaume-Uni 英国 10 9.17
Allemagne ドイツ 8 7.34
Suède スエーデン 8 7.34

 見てのとおり、オリンピックの獲得メダル数の国別ランキングの再現である。滑稽なのは、アメリカの12という数値には注がついていて、「この数にはCzeslaw Miloszミウオッシュ(1980)とJoseph Brodskyブロツキー(1987)を加えるべきところだ」とある。つまり、ミウオッシュは 「ノーベル賞のサイトではポーランド・アメリカ両国籍が表示されている」し、他方ブロツキーは「ソビエト出身だがアメリカに帰化、ただし国名は前者のみ」という釈明なのだ。この二人を加えれば、フランスは首位をアメリカと分け合う羽目になることはいうまでもない。上記(13)が「使用言語mandarin(標準中国語)et français」と断り書つきながらもフランス人としてカウントされている理由もそこにある。彼を追放した中国、迎え入れたフランス、立場はどうあれ、どちらも「文学賞」を政治利用している点では変わりないではないか。
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