朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ヨーロッパの将来(その3) 2013.10エッセイ・リストbacknext

金羊毛とイアソン
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 ヴァレリーの出発点は、何度もいうように、ヨーロッパ中心主義だった。第一次世界大戦の前を振り返り、世界各地域を比較した「現実に昨日なお存在したランク付け」la classification qui existait hier encore dans la réalitéは、狭くて資源に乏しいのにヨーロッパが首位だったと言い、彼はこう続ける。
 Par quel miracle ? –Certainement le miracle doit résider dans la qualité de sa population.
 「どんな奇蹟によってか?―奇蹟は住民の質のうちにあるにちがいない」
 さらに、優位を支える「人間の質」la qualité de l'hommeをこう説明する。
 ...je trouve par un examen sommaire que l'avidité active, la curiosité ardente et désintéressée, un heureux mélange de l'imagination et de la rigueur logique, un certain scepticisme non pessimiste, un mysticisme non résigné... sont les caractères plus spécifiquement agissants de la Psyché européenne.
 「要約的に分析すれば、貪欲な活動力、熱くて非打算的な好奇心、想像力と厳密な論理の見事な融合、悲観主義に陥ることのない懐疑主義、諦観に囚われることのない神秘主義、これこそヨーロッパ的なプシュケ(霊魂・生命原理)なのだと私は思う。」
 この「プシュケ」の例として、ギリシア人が「幾何学」géométrieの基礎を築いたことをあげる。その上で、ここにヨーロッパの独自性の源を探りあてたとする。
 Qu'a-t-il fallu faire pour réaliser cette création fantastique ? --- Songez que ni les Egyptiens, ni les Chinois, ni les Chaldéens, ni les Indiens n'y sont parvenus. Songez qu'il s'agit d’une aventure passionnante, d'une conquête mille fois précieuse et positivement plus poétique que celle de la Toison d'Or. Il n'y a pas de peau de mouton qui vaille la cuisse d'or de Pythagore.
 「こうした幻想的な創造を実現するには、何をせねばならなかったか?考えてもみよ、エジプト人も、中国人も、カルデア人も、インド人も、そこには到達しなかったのだ。考えてもみよ、それは人を夢中にさせる冒険であり、<金羊毛>の獲得よりも千倍も貴重で、まったくもって一段と詩的な獲得成果だったことを。ピタゴラスの黄金の腿に匹敵する羊毛など存在しないのである。」
 ピタゴラスにはじまる幾何学の価値を強調するあまり、ペダンチックな文飾が目立つ。「金羊毛」はギリシア神話に出てくる秘宝。因みに、この翼をもつ金の羊の毛を求めて冒険の旅に出たアルゴナウタイArgonaute「アルゴ船乗組員」にならってastronaute, cosmonaute「宇宙飛行士」という語が生まれた。他方、ピタゴラスは神のような美男子で、黄金の腿を持っていたといわれる。要するに、ピタゴラスの存在はあれほど珍重された「金羊毛」よりもさらに貴重だと筆者はいいたいのだ。
 それにしても、ヴァレリーの偉大さはそんな言葉の遊びに尽きるのではない。彼には文明批評家の側面がある。つまり、近代科学がピタゴラスに発する「格調の高い教育」から生まれ、ヨーロッパを世界一にしたと認める一方で、近年の科学の成り行きに不安を覚え、警告を発することを忘れないのだ。
 Mais une fois née, une fois éprouvée et récompensée par ses applications matérielles,notre science devenue moyen de puissance, moyen de domination concrète, excitant de la richesse, appareil d'exploitation du capital planétaire, ---cesse d'être une « fin en soi » et une activité artistique. Le savoir, qui était une valeur de consommation devient une valeur d'échange. L'utilité du savoir fait du savoir une denrée, qui est désirable non plus par quelques amateurs très distingués, mais par Tout le Monde.

『アテナイの学堂』に描かれたピタゴラス
(ラファエッロ、1509年)
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 「しかし、われわれの科学は、物質への応用によって試され報酬をうけるようになったとたん、権力の手段、実際的な支配の手段、富の刺激剤、地球全体の資本開発の道具になってしまい、――<自己目的>であり芸術活動であることをやめてしまった。消費価値であった知識が交換価値となる。知識の有用性が知識を一種の<食品>にしてしまった結果、もはやごく優れた一部の愛好家が求めるのではなく、<万人>が求めるものとなる。」
 Cette denrée, donc, se préparera sous des formes de plus en plus maniables ou comestibles ; elle se distribuera à une clientèle de plus en plus nombreuse ; elle deviendra chose de Commerce, chose enfin qui s'imite et se produit un peu partout.
 「したがって、この食品はますます取り扱いやすいか食べやすい形で調理され、ますます多くの顧客に供給されるだろう。交易品となり、要するに、ほとんどあっちでもこっちでも模倣され、生産されることになるだろう。」
 Résultat : l'inégalité qui existait entre les régions du monde au point de vue des arts mécaniques, des sciences appliquées, des moyens scientifiques de la guerre ou de la paix, --- inégalité sur laquelle se fondait la prédominance européenne, ---tend à disparaître graduellement.
 「結果はというと、機械産業、応用科学、戦争または平和の科学的手段などの観点で世界の各地方の間に存在していた不平等性――ヨーロッパの優越性の基礎をなしていた不平等性――は徐々に消えていくことになる。」
 ここまま事態が進めば、ヨーロッパはただの世界の一地方に成り下がる、ヴァレリーはそれを警告しているわけだ。
 この文章が発表されてからほぼ1世紀がたつ。ヨーロッパは今も健在だが、ヴァレリー時代の優越性が失われたことは前回指摘した通りだ。その意味ではヴァレリーの予想は適中したとみていいだろう。しかし、引用に明らかなように、彼の立論にはヨーロッパ一個の運命にとどまらず、「知識」そのもののあり方への警告の意味がある。「科学が資本主義に奉仕する道具になり、地球全体の資本を開発し、やがては枯渇させかねない」という指摘は今日ますますアクチュアルな鋭さで迫ってくるのではないか。さらに、知識の拡散、文化の大衆化、それが格段に進んだ今、手放しで喜んでいてよいのか、ヴァレリーの懸念は地球的規模で真実味を増しているのではないか。
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