朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
「…のおかげで」 2014.9エッセイ・リストbacknext

プーチン大統領
 初級者向けの仏仏辞典Dictionnaire du français comme langue étrangère, Niveau 2には以前にも触れたが、それを「自由に使用する許可を得て」編まれた「白水社ラルース仏和辞典」は並みの仏和辞書にない情報をもたらしてくれる。たとえば「類義語と言っても、どこがどう違うのか」という問いに答えてくれる。類似の前置詞句grâce à …とà cause de…の場合を見てみよう。grâce à qn/qcという小見出しのあとには「…のおかげで」という訳語だけでなく、「[類](類義語を指す記号)à cause de <…のせいで>は結果のよくないことがふつう」という説明が添えてあり、つぎの例文が並べてある。
 J’ai échoué à cause de toi.「きみのせいで失敗した」
 J’ai réussi grâce à toi.「きみのおかげでうまくいった」
 「これを見れば、両者の差がはっきりする。ただ「結果のよくないこと」という表現はやや頼りないので、Grand dictionnaire encyclopédique Larousse「ラルース大百科辞典」を参照してみた。19世紀ラルース以来の伝統をうけつぐ百科事典だが、辞典としてもなかなかに充実している。果たせるかな、つぎのように詳しい。念のため直訳を添える。
 ▶ grâce à qqn, qqch :à la faveur de, par l’action heureuse de qqn, de qqch; au moyen, à cause de「(人)の引き立てで、(もの・状況)を利用して;(人)のうまい計らいで、(もの・状況)に恵まれて;…により、…のせいで」Ils se sont rencontrés grâce à vous.「彼らはあなたのおかげで知り合ったのだ」/ Grâce à ses conseils, j’ai évité une catastrophe.「彼の忠告のおかげで破局を回避した」
 ▶ à cause de qqn, qqch :s’emploie pour représenter l’explication, le motif d’un fait, la personne ou la chose responsable d’un événement le plus souvent fâcheux, pour indiquer la personne en considération de laquelle on agit.「ある事実の説明・動機、多く遺憾な出来事に責任のある人(の原因となる物事)を言い表すために、行動の際に念頭にある人物を指すために用いられる」La voiture a dérapé à cause du mauvais état des pneus「車は劣化したタイヤのせいでスリップした」/ C’est à cause de sa femme qu’il a pris ses vacances en juin.「彼が6月に夏休みをとったのは奥さんのせいだ」
 語義説明に出てきた<heureux/fâcheux>の対立が例文の選び方にも反映されていて、白水社ラルースのいう「よくないこと」の意味がより鮮明になった感じがする。
 それを確認した上でいうのだが、現実の出来事は時に、両者の仕切りをあいまいにしてしまう。たとえばVingt-deux cas autochtones de dengue「国内感染のデング熱患者22名」(9月1日現在)の大騒ぎがそれだ。東京の代々木公園で蚊にさされて発病した人は、日本にいながら熱帯性のウイルスに侵されるというfâcheuxな事態に直面したのだから、à cause de la dengueというほかない。ところが、騒ぎの影響で防虫剤insecticideが売れに売れ、当該企業の株価が上がった、という。となると、投資家たちはl’action heureuseの恩恵に浴したわけだから、grâce à la dengueといいたくなるだろう。
 さてデング熱まで引き合いに出したのは何故か。実はLe Monde(8月1日付け)紙の社説EditorialがGrâce à Poutine, l’Europe se fâche… et existeと題されていたからだ。7月17日、マレーシア航空MH17便vol MH17 de la Malaysia Airlinesがウクライナ東部上空で撃墜されたあと、EUが米国の要請に応じて決めた対ロ制裁を評価しているのだが、見出しのgrâce àをどう解したものか。とりあえず、本文を読みはじめてみよう。
 Vladimir Poutine a réalisé une performance peu commune: le président russe a poussé l’Europe à prendre une décision forte en politique étrangère. Il est ainsi à l’origine d’une sorte de première dans l’histoire de l’Union européenne(UE). Il a fait bouger Bruxelles, laissant entrevoir la possibilité qu’a l’UE d’être, si elle en a la volonté, un acteur sur la scène internationale.

ベルレモン・ビル(ブリュッセルのEU本部)
 「ウラジーミル・プーチンは並々ならぬ成績をあげた。すなわち、ロシア大統領はEUが対外政策で強硬な決定をくだすように仕向けたのだ。こうしてプーチンは欧州連合史上いわば初めての決定の原因になった。彼はEU首脳の尻を叩いて、EUがその気になれば、国際政治の舞台に役者として立てる可能性があることを垣間見させてくれたのだ。」(EUの本部はブリュッセルにある)
 ばらばらだったEUの結束に筆者は興奮している。だが、それには理由がある。
Longtemps, il n’y a pas eu de majorité au sein des Vingt-Huit pour prendre contre la Russie des mesures aussi sévères.
 「ながらく、加盟28カ国の中でロシアに対し今回ほど厳しい措置を講じる決定が多数を占めることはなかった。」
それをプーチンが見越して、大胆な攻勢に出た、という見方に立っているのだ。
 Et longtemps, Vladimir Poutine, qui cache mal son mépris pour ces Européens « décadents », a cru les Vingt-Huit incapables de devenir des acteurs sérieux dans la crise ukrainienne. Contre les Etats-Unis, il a joué, habillement, avec les divisions européennes, s’emparant impunément d’une partie de l’Ukraine, la Crimée.
 「ながらく、ウラジーミル・プーチンは<退廃的な>ヨーロッパ首脳に対する侮蔑をろくに隠そうともせず、EUがウクライナ危機で主役になれるわけがないとにらんでいた。アメリカの反対を尻目に、彼はEUの分裂を巧みに利用して、ウクライナの一部クレミアを奪ったのに罰を受けずにすませたのだった。」
 二度のlongtempsに明らかなように、統合の理念を忘れて各自の国益追求に走るEU首脳に、社説の筆者は鬱憤をつのらせていたのだろう。そのEUがついに対ロ経済制裁に踏み切ったのは、プーチン大統領が「並々ならぬ成績」(普通は「スポーツにおける好成績」を指すが、ここではウクライナ問題における「傍若無人の、露骨な領土拡張策」を指すにちがいない)を残してくれたからだ。それが見出しにこめられた思いだろう。とすれば、和訳はこうなるか?「プーチンのおかげで、EUは立腹し...本然に立ち返る」(exister「存在する」を思い切って意訳してみた)
 [追記]grâce à~に対応する英語表現はthanks to~だが、英和辞典によると、これは時に「皮肉に」使われるそうだ。

 
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