朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
世界を見わたす 2016.04エッセイ・リストbacknext

ブリュッセルのテロ事件 ※画像をクリックで拡大
 わたしはLe Monde紙のsélection hebdomadaire「重大記事選抜週刊版」を愛読しているが、3月26日(土)発行の3516号を見て、その視野の広さにあらためて驚いた。というのも、1面トップ記事こそLE TERRORISME FRAPPE BRUXELLES「テロ、ブリュッセルを一撃」と空港における惨状をつたえる写真入りの大見出しをかかげて、4日前の22日(火)に隣国ベルギーでおこったテロ事件に集中しているものの、他のページでは世界全域に目をくばる冷静さを失っていないからだ。
 主なものだけでも、3面には中近東からの難民問題が取り上げられている。
 Migrants : pacte sans gloire entre l’UE et Ankara
 「難民問題:EUとトルコ間の協定成立も、さしたる進展なし」
 つづく4面にはアメリカとキューバの国交回復のニュースが登場する。
 Entre Obama et Castro, la paix sans effusions
 「オバマとカストロ、和平成立、平静に」
 余談だが、このsans effusionsには補足がいる。記事の中にLe régime s’est efforcé de contenir l’enthousiasme qu’aurait pu susciter la venue de Barack Obama.「キューバ政権はバラック・オバマの来訪が引き起こしかねない熱狂を抑えようと努めた」という一句がある一方、共同記者会見の壇上の写真には、会場に向け両手を大きくひろげて感動を示す国家評議会議長と彼を静視する大統領の温顔が写っているからだ。おまけにsans effusionsの後にde sangをくわえれば「流血なしに」の意味になることも考慮すべきだろう。両国の半世紀を越える対立、関係回復の裏で食い違う民主主義や人権問題をめぐる見解、それを思えば、sans effusionsの意味するところには簡単には和訳できぬ重さがある
 詳細は省くが、そのほかBirmanieミャンマーのle parti d’Aung San Suu Kyi「アウン・サン・スーチー党」の政権奪取の問題(un pays aux multiples ethnies「多民族国家」におけるl’apprentissage des libertés「さまざまな自由の学習」の難しさ)、IrakイラクにおけるMoqtada Sadr(ムクタダー・アッ=サドル:シーア派の反米強硬派の指導者)の台頭(イラク改革に乗り出した)、Béninベナン(ナイジェリアの西に位置する共和国)の総選挙におけるLionel Zinsou(リオネル・ザンスー:フランス前外相Laurent Fabiusに近い傀儡?)の敗北などが全12頁の紙面を埋めている。つまり、ブリュッセル事件の重大さ、身近さにもかかわらず、世界の動向から目をそらすことがない。これが日本のマスコミだったらどうだろうか。テロ事件の報道、それもしばしば過度に情緒的な報道に夢中になり「入れあげ」てしまい、世の中、他に事件がゼロのような印象を与えたにちがいない。
 その上でいうのだが、この3516号の8,9両面がつぎの記事で埋められていることに注目したい。見出しにはLa filière américaine des colonies israéliennes「イスラエル植民地 への米国ルート」とあり、américaineだけがゴチックで強調されている。いったい何事かと思ってリードを見ると、こう書いてある。
 Parmi les 380 000 juifs implantés illégalement en Cisjordanie⑴, 60 000 viendraient⑵ des Etats-Unis. Si ces colons ont traversé l’Atlantique avec un idéal de vie commune⑶, certains ont basculé dans la violence et le sionisme religieux⑷

ヨルダン川西岸地区 ※画像をクリックで拡大
 「ヨルダン川西岸地区に不法に移住した38万のユダヤ人のうち、6万人はアメリカから到来したものらしい。これらの植民は共同生活の理想を抱いて大西洋を渡ってきたにしても、中には暴力行為や宗教的なシオニズムに移行してしまった連中がいる。」
 いくつか注釈する。⑴「ヨルダン川のこちら側」を意味し、英語ではWest Bank。中東戦争の結果、イスラエルが占領しているが、領有権をめぐってパレスチナ人と係争中の地域である。そこへの「不法な」入植ユダヤ人の内実はアメリカ系が15%強を占めるという指摘だ。⑵条件法現在で断定を避けたものだろう。⑶Kibbutz:キブツ、イスラエル独特の集産的協同組合。⑷パレスチナにユダヤ人国家を再建しようという運動。ここではアラブ過激派に対抗して暴力に走るユダヤ極右勢力を指す。
 要するに、中近東というと、とかくシリア問題、IS対策などアラブ側のみに問題の根がありそうに思いがちだが、イスラエルにももう一つの根があることを忘れるなということ。
 この記事の問題提起は多岐にわたるが、今回は、アメリカからの莫大な寄付金がこれらの植民活動や地域拡大を支えていること、ただし、それはun tabou politique absolu「政治上、絶対のタブー」だという点にしぼる。
 Or ces organismes dits de charité ont bénéficié de déductions fiscales. Les colonies ne figurent pas sur la liste noire des causes auxquelles il est interdit de donner. Haaretz rappelle que l’administration américaine ne dispose pas d’informations complètes sur la destinaton des fonds. Les organisations se contentent d’écrire « Moyen-Orient » dans les formulaires.
 「ところで、これら自称チャリティ団体は免税処置の恩恵に浴している。イスラエル植民地は寄付禁止対象の主義主張のブラックリストには載っていない。イスラエル紙ハアレツの指摘によれば、米国政府は寄付金の行き先についての網羅的な情報を持っていない。団体側は書類には「中東」と書くだけだ。」
 「免税措置」といえば、いまパナマ文書の流出で大騒ぎになっているが、そもそも和平交渉が挫折をくりかえす中東紛争の根底にもからんでいたのだ。しかもこの記事によれば、イスラエルの強硬姿勢を裏で助長しているのはこの支援だということになる。考えようでは、パナマよりもはるかに罪深い案件ではないか。
 その上で、記事はこう締めくくられる。
 C’est ainsi qu’émerge un paradoxe étonnant : le contribuable américain finance indirectement les colonies, que les présidents successifs, démocrates et républicains, dénoncent sur le principe depuis des décennies.
 「こんなわけで、驚くべきパラドックスが浮かび上がる。つまり、アメリカの納税者はヨルダン西岸地区のユダヤ植民地に間接的に出資しているのだが、歴代大統領は民主党も共和党も過去数十年にわたって、原則的に告発しつづけている。」

 
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