朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
歴史的に見る 2016.05エッセイ・リストbacknext

オバマ大統領 ※画像をクリックで拡大
 前回はル・モンド紙の視野が文字通り全世界にひろがっていることに注目したが、今回は、歴史的にものを見ようとする同紙の姿勢をとりあげたい。
 4月25日、Obama米国大統領は中東・欧州歴訪の締めくくりとして、ドイツ北部Hanovreで演説した。毎日新聞はその内容を――「米国と世界には強く結束した欧州が欠かせない」と述べ、ウクライナ問題を巡る対ロシア制裁や難民問題などに揺れる欧州に結束を呼びかけ、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いにさらなる貢献を求めた、と要約した。日本の新聞としては不足のない紹介の仕方とみてよかろう。ル・モンド紙は同じ演説をとりあげながら、これを単発のニュースではなく、つとめて歴史的にとらえようとしていることを痛感した。27日付けでLe plaidoyer de Barack Obama pour l’Europe「バラック・オバマのヨーロッパ擁護論」という国際面記事とLa grandeur de l’Europe selon Obama「オバマ流解釈による、ヨーロッパの偉大さ」と題された論説とで扱っているのだが、わたしの目からみて特徴的とおもわれる点を抜きだしてみよう。
 まず、大統領のいわば個人史にからめた掘り下げ。同紙は今度の演説が訪欧中のtrilogie「3部作」の完結篇だという。第1は2008年 7月、BerlinのTiergarten公園に詰めかけた約20万人の市民の前でおこなった演説。同紙はdans une ambiance de concert de rock「ロックコンサートのような雰囲気のなかで」と記す。第2は2009 年4月、Pragueでplaidant pour un monde « sans armes nucléaires »「<核兵器のない>世界を主張し」おこなった演説。これがノーベル平和賞受賞につながったことは忘れがたい。すこし間隔があいたが、ハノーバー演説はこれらにつづき、その最後を飾るという位置づけだ。
 8年の在任中、その対外政策に批判がないわけではない。論説はこう切り出されている。 
 Les esprits chagrins avanceront que le discours vient bien tard, après des années de désintérêt pour l’Europe et de bascule vers le Pacifique. Ils pourront prétendre que les maleurs du Vieux Continent sont en partie dus à l’inconstance de la politique étrangère américaine au Proche-Orient.
 「へそまがり連中は主張するだろう、演説は時期遅れだ、ヨーロッパに無関心で太平洋地域に軸足を移した年月がずっと続いたではないか。さらにこうもいうかもしれない、旧大陸が逆境に陥った原因の一部は米国の近東政策がぐらついたところにある、と」
 しかし、その一方で特派記者Frédéric Lemaîtreは「3部作」の一貫性を強調しようと して、まずベルリン演説を引用する。
 Aucune nation, aussi grande et aussi puissante soit-elle, ne peut relever seule les défis [du XXIe siècle] (...)L’Amérique n’a pas de meilleur allié que l’Europe.
 「どんな国も、いかに大きく、いかに強い国でも、21世紀の障害を単独で克服することはできません。(...)アメリカはヨーロッパ以上に親密な同盟国を持っておりません」
 この発言は8年前ではなく、この4月25日に発せられてもおかしくない、とコメントしたあと、ハノーバー演説がひかれる。
 Les Etats-Unis et le monde entier ont besoin d’une Europe forte, prospère, démocratique et unie.
 「合衆国と全世界は必要としています、強くて、繁栄していて、民主的で、統一されたヨーロッパを」
 このあと、英国民に対するEU残留の要望、ロシアのウクライナ侵略への反対などアクチュアルな話題がつづくが、それには日本のマスメディアもふれている。ル・モンド紙ならではの論調は、オバマ演説を根底で支えている歴史認識を浮き立たせてみせている点だ。
 Peut-être avez-vous besoin d’un regard extérieur, de quelqu’un qui n’est pas européen, pour vous rappeler la grandeur de ce que vous avez accompli.
 「おそらく皆さんには余所者の目、ヨーロッパ人ではない人の目が必要でしょう、自分たちが完成させたものの偉大さを思いおこすためには」
 こうしてオバマ大統領は世界史的な視野に立って、EU設立を評価しようとする。
 Cette construction reste l’une des plus grandes réalisations économiques et politiques de l’époque contemporaine.
 「この設立はこの先も現代における最大の経済的・政治的事業成果の一つとして残ります」  その上で、自国のTrump次期大統領選候補を横目でにらみながら、ヨーロッパに根強い難民問題のpopuliste, protectionniste et frileuse「ポピュリスト的、保護主義的で、小心きわまる」解決策を弾劾する。
 N’oubliez pas qui vous êtes : vous êtes les héritiers d’un combat pour la liberté.
 「皆さん、自分が何者か、忘れないでいただきたい。皆さんは自由を求めて戦う伝統の継承者なのです」

オルバーン・ハンガリー首相 ※画像をクリックで拡大

   ル・モンドの論説はles Hongrois et les Autriciens, qui abattirent le rideau de fer en 1989「1989年に鉄のカーテンを打ちこわしたハンガリー、オーストリー」の名を上げて、ヨーロッパの伝統をオバマ大統領が賞賛するのに同調しつつ、その伝統がゆらいでいることに懸念を感じずにはいられない。
 ...aujourd’hui les premiers sont dirigés par le populiste Viktor Orban, apôtre de la « démocaratie illibérale », tandis que les seconds viennent de placer largement en tête du premier tour de l’élection présidentielle le candidat de l’extrême droite.
 「今日では、ハンガリーをリードするのはポピュリストのオルバーン・ヴィクトル、<非自由主義的民主主義>の使徒なのだ。他方、オーストリーは大統領選挙の第一次投票で極右候補を断然たるトップで選んだばかりだ」
 あげくのはて、自由と民主主義の国フランスもまた現にle Front national de Marine Le Penに脅かされている、それをオバマ演説に盛りこんでほしかったとまでいう。最後は、演説の「われわれには<より多くの...>が必要だ」という箇所を引用したついでに、過去の歴史を顧みて、plus d’estime de soi「もっと自信を持て」と結ぶのだ。

 
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