朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
名詞の性 2017.10エッセイ・リストbacknext

Mme de Staël, un grand ecrivain ※画像をクリックで拡大
 名詞には「性」(genreであって、sexeではない)がある、というのはフランス語学習の第一歩だ。ところが、genreとsexeの隙間に問題の種がある。
 écrivainという男性名詞を例にあげよう。ディコ仏和辞典(白水社)は「作家、文筆家」という訳語のあとにことさらMme de Staël fut un grand ~.「スタール夫人は大作家だった」という例文をあげ、〖▶一般に女性にも男性形を用いる〗と付記している。ロワイヤル仏和中辞典(旺文社)はこれに加えて、「特に区別する場合はune femme écrivainという」と記している。これに対し、新スタンダード仏和辞典(大修館)(小学館ロベール仏和大辞典もほぼ同様)は、文法的注記を付して、次のように述べる。「普通は女性形をとらない。une [femme] ~は稀。une écrivaine[ekrivɛn]は戯用。」さらに一歩進んでいるのはNouveau Petit Larousse(2004年版*)で、語義説明に、こんな補足がある。Le fem.écrivaine, courant au Québec et en Suisse, se répand dans toute la francophonie.「ケベックとスイスで常用されている女性形(féminin)écrivaineは全フランス語圏にひろまっている」。つまり、[稀]とか[戯用]とか、フランス本国だけが煮え切らないわけだ。
 ことはécrivaineだけに止まらない。たとえばprofesseurという分野も女性進出が著しい。同類だと思えるのに、上記の辞書はNPLもふくめて、男性名詞という扱いのみに止めている。念のために、Wiktionnaireでprofesseureを引いたら、Enseignante, femme qui professe, qui enseigneという語義説明があり、次のような引用がそえられている。  Florence Robine, nommée rectrice de l’Académie de Créteil en 2013, a demandé dans une note de service de « veiller désormais à dire et écrire, s’agissant d’une femme : directrice, inspectrice, rectrice, professeure, proviseure...
 「2013年にクレテーユ大学区の大学区長に任命されたフロランス・ロビーヌは業務通達の中で次のことを要求した。今後、女性に関しては、女性directeur[局長.,,]、女性inspecteur [視学官...]、女性recteur[大学区長]、女性professeur[教授...]、女性proviseur[校長]...のように、言ったり書いたりするように」(これらのうちには、すでに辞書に女性名詞として採録されているものもあるはず。調べてみるのも一興)
 Wiktionnaireはこれにつづけて、フランス本国の保守的傾向の背景を指摘する。

アカデミー・フランセーズ会員 ※画像をクリックで拡大

 En France, l’usage tend à privilégier la forme épicère un/une professeur, mais la forme avec un –e est aussi utilisée. Celle-ci est plus largement répandue dans les autres pays francophones. L’Académie française ne reconnaît pas l’usage de la graphie professeure.
 「フランスでは、慣用は通性の形([注]enfant、élèveなど同一語形が男女・雌雄をさすもの)すなわちunまたはune professeurを特別扱いする傾向がつよい。しかし、-eという形も使われている。他のフランス語圏諸国では、後者の方がひろく広まっている。アカデミー・フランセーズはprofesseure的な筆記法を認めていない」
なぜアカデミー・フランセーズなのか?この組織の起源は1635年Richelieuまでさかのぼるが、そもそもフランス語の保存と淳化を目的としていたことを想起しよう。そのため、この組織がフランス語のあり方に目を光らせつづけていることはまちがいない。手近な例では、euroには複数eurosがあること(元来yenは無変化で、yensはない)、数字とeuroはリエゾンをすること、これもアカデミーが決めたのだ。
 さて、féminisation des noms de métier, de titres, etc「職名・称号などの女性化」は昨今のアカデミーに課せられた宿題の一つだった。1984年、フェミニズムの流れの中で政府が組織したle vocabulaire concernant les activités des femmes「女性の活動に関する語彙」の検討委員会がles règles de féminisation「女性化の規則」(端的にいえば、男性形+e)を勧告した。これを受けて1986年、政府はこの規則の適用をアカデミー・フランセーズに諮問した。詳細は省くが、アカデミーはこの委員会のメンバーに会員が含まれていなかったこともあり、当初からこの規則に批判的だった。そこへ政府の諮問が来た。そこで、Georges Dumézil(比較神話学者、言語学者)とClaude Lévi-Strauss(文化人類学者)の両会員起草のDéclaration de l’Académie française「アカデミー・フランセーズ宣言」を発表し、科学的な根拠をもとに、反対の意向を示した。
 興味深いのは、masculins「男性」 / féminins「女性」ではなく、genre marqué「有標」/genre non marqué「無標」というジャンルの対比をもち出した点だ。
 Seul le genre masculin, non marqué, peut représenter aussi bien les éléments masculins que féminins. En effet, le genre féminin ou marqué est privatif : un « groupe d'etudiantes » ne pourra contenir d’élèves de sexe masculin, tandis qu’un « groupe d’étudiants » pourra contenir des élèves des deux sexes, indifféremment. On se gardera également de dire les électeurs et les électrices, les informaticiens et les informaticiennes, expressions qui sont non seulement lourdes mais aussi redondantes, les informaticiennes étant comprises dans les informaticiens.
 「無標の男性名詞だけが男性要素も女性要素もあらわすことができる。だから、有標の女性名詞は排除的にはたらく、つまり<女子学生の集団>は男子生徒を含むことができないのに対し、<学生の集団>は両性の生徒を一様に含むことができる。同様にして、<有権者と女性有権者><情報処理技術者と女性情報処理技術者>と言うのは避けよう、この言い方は鈍重なばかりか冗長だ、<女性情報処理技術者>は<情報処理技術者>に含まれるのだから」
 結局、prieure, supérieure(ラテン語の比較級に由来する)を除き、professeure, ingénieure, auteure...のようなnéologismes「新語」はaberrations lexicales「常軌を逸した語彙」と判定され、éviter absolument「絶対に避けるように」と勧告された。
 この言語学的な指摘はいかにも尤もだが、はたして、理屈で言語が統制できるものか?
 ふと思い起こすのは、ドゴール大統領が国民に呼びかける時に、常にFrançaises et Françaisではじめたこと。アカデミー流に考えれば、Françaisの中にFrançaises は含まれるのだが、この呼びかけは今では慣行になっている。
 *現行の版ではécraivain, eが見出し語になり、n(つまり名詞)と表示されている。
 
 
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