朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

天皇の即位 2019.5エッセイ・リストbacknext

天皇即位 ※画像をクリックで拡大
 新天皇empereurが即位した。今の人気が長続きするかどうかはともかく、ニューフェースの評判は悪くない。某氏は天皇制には反対だが、と断ったうえで、先ほど皇居から出てきた車の窓から陛下が手を振る姿を見て、脇の歩道にいた自分も手を振ってしまった、と告白した。この人にかぎらず、最近の日本は「天皇陛下万歳」といって多くの同胞が太平洋戦争(敗戦は1945年、つまり80年とたっていない!)で死んだことを忘れて、昭和天皇の子孫をまるでスター扱いし、浮かれている。どうしたことか。Bernardo Bertolucci監督のThe Last Emperor, 『ラスト・エンペラー』を持ち出すまでもなく、empereur(「天皇」と呼ぶのは日本だけ、古来どこでも「皇帝」だ)はこの世から姿を消したことをうっかりしているのではないか。
 さて、海外は今度の即位をどんな目で見たのか、le Monde紙の記事(5月1日付)Japon: l’empereur Naruhito accède officiellement au trône「日本:徳仁天皇、公式に即位」を読んでいて気付いたことを書こう。執筆者は日本通の記者Philippe PonsとPhilippe Mesmerの両氏だ。  Au cours d’un cérémonial très codifié de six minutes, du côté de son frère cadet devenu prince héritier*, le nouveau souverain** de 59 ans, vêtu d’un costume queue-de-pie et portant des attributs (un grand collier et des décorations), a acté son accession au trône***
 「型や手順が細かに決められた6分間の儀式のなかで、皇太子*となった弟のかたわらで、燕尾服を着、標章(頸飾と勲章)を佩した姿で59歳の新君主**は即位儀式を執り行った***。」
 *prince héritier:「皇太子」日本ではことさら「皇嗣」としているが、「嗣子」ではなく「弟」だというだけのことで、要するに世継ぎの王子にはちがいない。
 **souverain:「君主、支配者」彼らは臣下に対してsouveraineté「君主権、支配権」をもつ。
 ***acterは普通の辞書には載っていない。faire un acteというところを古風に表現した。accession au trône「玉座に就き,王位を引き継ぐこと」という大時代な行為がそれを要求したのだろう。この字面からすれば、日本人は徳仁天皇を「支配者」にすることを認めたことになる。
 « Je m’engage à agir conformément à la Constitution* et à remplir mes obligations de symbole** de l’Etat et de l’unité du peuple, en ayant toujours le peuple à l’esprit et en me tenant toujours à son côté », a-t-il solennellement déclaré.
 「<常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国統合の象徴としての責務を果たすことを誓います>と彼はおごそかに宣言した。」(いうまでもなく天皇の「お言葉」―昔なら「勅語」―はこのあと「国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします」と続いたのだが、記事では省略されてしまった。)
 *Constitution :「憲法」。日本国憲法の第1章は「天皇」であり、問題の第2章「戦争の放棄」より前におかれていることを忘れまい。この意義をわれわれは厳粛にうけとめるべきだろう。世界史の流れに抗して「天皇制」が保持された(日本側は「護持」といった)一方で、そこには様々な条件が付せられた。第1条に「この地位は、主権の存する国民の総意に基く」とあることを今の日本人は自覚しているだろうか。天皇が「常に国民を思い、国民に寄り添いながら」と言わざるを得ないのは、そこにこそ憲法が天皇家に課した制約があるからなのだ。
 **symbole:「象徴」「日本国および日本国統合の象徴としての責務」とあるが、これを裏返せば、「国政に関する権能を有しない」(第3条)のであり、その意味ではもはやsouverainではない。
 これに関連して記事の別の個所では、「象徴」の意味をこう補足している。
 Premier souverain du Japon à avoir été intronisé sous la Constitution de 1947, qui fait du monarque le « symbole de l’Etat et de l’unité du peuple » sans autres fonctions que protocolaires.
  「(秋仁天皇は)1947年の憲法のもとで即位した最初の天皇だった、憲法は君主を<日本国および日本国民統合の象徴>とし、儀礼的な役割以外は与えていない。」
 J’exprime du fond de cœur ma gratitude au people du Japon qui m’a accepté comme symbole de l’Etat et m’a secouru.
 「象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に心から感謝します」という上皇の謝辞は真率だと思うが、これを国民が一様に受けとめたかどうかは疑わしい。
 紙面の制約上、記者たちが天皇制に対して抱いた疑問を2点あげて締めくくりにしたい。
 1)式典における女性差別
 Il s’est symboliquement vu attribuer les sceaux royaux et les trésors sacrés..., dont la possession officialise son statut d’empereur, devant une assistance d’où les femmes de la famille impériale étaient exclues. La seule invitée était l’unique ministre féminine du gouvernement de Shinzo Abe.
 「天皇は象徴的に国璽・御璽と神器...を授けられた。これらの所持で、天皇の地位が参列者に公示されるのだ。参列者から女性皇族は排除されていた。女の列席者は安部信三内閣の唯一の女性閣僚だけだった。」
安部首相は「古式に従ったまで」というだろうが、男女平等のグローバル化が進んだ今日の儀式とは思えない。式場の映像はひたすら日本の前近代性を世界に広めただけに終わった。それに輪をかけたのは、日本の内閣には女性大臣が一人しかいないことだった。

英訳「テムズとともに」の扉 ※画像をクリックで拡大
 2)天皇家の閉鎖性
 天皇は皇太子の時代、英国のOxford大学Merton Collegeに留学した。その間の事情を自ら綴った『テムズとともに――英国の二年間』(The Thames and I, Sir Hugh Cortazziの英訳もある)と題する著書がある。模範児童の作文を読んだ記者が注目したのはつぎの個所だった。
 Ce séjour lui a permis de découvrir la sociabilité des pubs et de s’étonner des manières relativement détendues de la famille royale britannique : « La reine Elizabeth II se verse le thé et sert les sandwichs ».
 「この滞在経験のおかげで皇太子はパブの社交性を発見し、英国王室の比較的寛いだ生活態度に驚いた。<エリザベス二世女王は手ずから紅茶を淹れ、サンドイッチを供してくださった。>」
 因みに、このイタリックの部分の原文はこうだ。「英国の<ティー>とはどういうものかと思っていた私には、女王陛下自らがなさって下さる紅茶の淹れ方と、紅茶とともに並ぶサッドイッチやケーキの組合せに興味をひかれた。」よくぞ見抜いたと思うが、的をついている。徳仁親王には、女王陛下が自ら紅茶を淹れたり、サンドイッチやケーキを皿に盛ることなど想定外だったのだ!なにしろ、日本では「御用地」内でしか乗れない自転車を走らせてオックスフォード市内を探索(むろん警護員つきだが)ことをうれしげに記しているのだから。
 Un nouveau couple impérial ouvert au monde「世界に開かれた新天皇夫妻」という期待が裏切られぬことを願いたい。 象徴のあり方によって日本国民全体の評価が決まるのだから。

 
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