朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
パンデミック(1) 2020.4エッセイ・リストbacknext

コロナ対策 ※画像をクリックで拡大
 COVID-19…新型コロナウイルス…という病原体の蔓延はpandémie(「[]pandemic)「(汎)流行」であるとW.H.O.(Organisation mondiale de la santé OMS)が宣言したのは3月11日。1か月後の今、感染者casは不安をかきたてる速度で増えつづけている。最大の被災国になった米国では、Trump大統領の判断の浅はかさが批判を浴びているが、それだけにル・モンド紙の見識の高さにわたしはあらためて目をみはる。同紙は2月15日、まだ中国の武漢Wuhanの椿事として対岸の火事視されていた時期に、読者が集計数字の多寡に惑わされるのを危惧したのだろう、パンデミックの歴史を種に、人間の本性を問いつめる挙に出た。Les réactions irrationnelles sont le lot de toutes les épidémies「どの流行病も理性にそぐわぬ反応を受ける宿命だ」という見出しで、Anne-Marie Moulin(医者・哲学者)との対談記事だった。中でも、彼女がその都度bouc émissaire「身代わりの羊、スケープゴート」を作り出すのが世の常だと述べ、歴史学者Jean Delumeauの分析を引用しているのが目をひいた。因みに、パンデミックの代表は1348年から1420年まで中近東からヨーロッパにひろがったペストで、当時の人口4億5000万のうち22%、8000万~1億の人命を奪ったといわれる。La Peur en Occident『西欧における不安』の著者にしてもペストに言及しないわけにいかなかったのである。
 « Nommer des coupables, c'était ramener l’inexplicable à un processus compréhensible », écrit Jean Delumeau.
 「<犯人を名指す、それは、説明のつかぬものを納得のいくプロセスに戻すことである> とジャン・ドゥルモーは書いている」
 Il fait la distinction entre l’angoisse et la peur, la première étant plus difficile à supporter car elle porte sur l’inconnu, alors que la peur a un objet déterminé auquel on peut faire face. Pour canaliser les émotions populaires, les populations ou les gouvernements désignent donc un objet qui va permettre de transformer l’angoisse en peur. D’où le rôle du bouc émissaire.
 「彼は<激しい不安>と<心配>とを峻別する。前者の方が堪えがたい、対象が未知のものだから。これに対し、<心配>の方は対象が決まっているから対処することができる。そこで、民衆の動揺をさばくために、集団ないし政府は<激しい不安>を<心配>に変えてくれそうな対象を名指すのだ。ここにスケープゴートの役割が生じる」
 21世紀のわれわれはペスト菌を発見し疫病を克服した気になっているが、だからといって中世人を見下すことができるのだろうか。早い話、コロナウイルスの前で不安に怯えるあまり、われわれもまたbouc émissaireを求めているのではないだろうか。

J.-B. Oudryの挿絵版画(1783年) ※画像をクリックで拡大
 それに答える前に、回り道のようだが、La Fontaineの寓話を引き合いに出そう。Delumeauの例証としてこれくらい分かりやすいものはないからだ。題してLes Animaux malades de la peste (Les Fables, Livre septième, Fable,1)「ペストにかかった動物たち」(『寓話』巻七の一)。動物たちがパンデミックに襲われる話である。
  Un mal qui répand la terreur,
  Mal que le Ciel en sa fureur
Inventa pour punir les crimes de la terre,
La Peste (puisqu’il faut l’appeler par son nom)
Capable d’enrichir en un jour l’Achéron,
  Faisait aux animaux la guerre.
  「恐怖を蔓延させる病気、
  天界が怒りのあまり
地界の罪を罰するべく編みだした病気、
ペスト(そう名指さねばならないので)、
地獄を一日で満杯にできる病気、
  これが動物たちに襲いかかってきた」
 ここにあるのはpesteの発生を「天罰」と見る考え方だ。一例として旧約聖書からレビ記の章句をひいておく。
 「わたしは、契約違反の罰として戦争を引き起こし、あなたたちが町に引き揚げるなら、あなたたちの間に疫病(仏訳ではpeste)をはやらせ、あなたたちはついに敵の手に渡される。」(「新共同訳」26章25節)
 Albert CamusのLa Peste『ペスト』はにわかに邦訳の売り上げを伸ばしていると聞くが、そこでもfléauという語が使われている。この語には「禍、災厄」の原義として「神の怒りの具現」の意味があることに注意しよう。
 「アケロン」はギリシア神話で冥界を流れる川(三途の川)のことだが、地獄の代名詞になっている。医療崩壊(crise des blouses blanches「白衣の危機」という表現を紙上で見かけた)を目前にするわれわれも絵空事といってはいられない。
 さて、惨状を見かねたライオン(百獣の王)が対策を講じることにした。
Le Lion tint conseil, et dit : Mes chers amis,
  Je crois que le Ciel a permis
  Pour nos péchés cette infortune,
  Que le plus coupable de nous
Se sacrifie aux traits du céleste courroux、
Peut-être il obtindra la guérison commune.
「ライオンが会議を招集、開口一番「皆のもの、
  思うに天は、われらの罪科のために、
  この禍の発生を許されたのだ。
  われらのうちでいちばん罪深いものは、
天の怒りの矢面にたって、命をささげるべきだ。
それでこそ、おそらく全員の平癒が得られよう」
 ライオンが提案したのは生贄sacrificeであり、それでしかなかったのだが、動物たちよりはるかに優位に立っているはずの現代人にしても、mes chers compatriotes「国民の皆さん」と指導者から呼びかけられ、感染の恐怖におびえながら長期にわたるconfinement「外出禁止、自宅待機」の苦痛に耐え、新型コロナウイルスのワクチンvaccinの完成を心待ちにするしかない以上、あながち獣たちを馬鹿にすることなどできるわけがない。
 さて、誰が、どのようにして、生贄に選ばれるのだろうか。

 
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