朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
パンデミック(3) 2020.6エッセイ・リストbacknext

「年老いたライオン」G.ドレの挿絵
 コロナに促されてはじまった章の3回目、日本やフランスではdéconfinement「制限(自粛)解除」が叫ばれるようになったが、世界的に見れば新型ウイルスの感染はおさまるどころではない。21世紀のわたしたちは、治療薬やワクチンの一日も早い開発を待ちこがれているが、ペストを天罰とうけとめた「寓話」の動物たちにとっては、sacrificeを選び、怒り狂うle Cielに捧げることしかなかった。そこで、全員が公開の場で懺悔をし、ライオン王が範を示した。ところが、キツネのとりなしで、王の「大罪」は雲散霧消してしまった。これを知った動物たちは、その例にならって、トラもクマも、人家の番犬にいたるまで、saints「聖人」を気取って、les moins pardonnables offenses「もっとも許すべからざる罪」(offenseはキリスト教徒にとっての「罪」péchéの意)の詮索をやめてしまい、無罪を決めこむにいたった。こういう「上意下達」のおぞましさはけっして他人事ではないが、それは別の話。
L’Ane vint à son tour et dit : « J’ai souvenance
  On fait de pareils dévouements ;
L faim, l’occasion, l’herbe tendre, et je pense
  Quelque diable aussi me poussant,

Je tondis de ce pré la largeur de ma langue.

Je n’en avais nul droit, puisqu’il faut parler net. »

「ロバの番が来て、言うには、<遠い昔のことですが、
  修道院の牧場を通りかかったおり、
空腹に、幸運と柔らかな草とが重なり、それと、思うに
  どこかの悪魔にそそのかされ、
牧場の草を舌の幅ほど、軽くつまんでしまいました。
そんな権利はないのに。でも、隠し立てはいけませんから>」
 ロバにしてみれば、昔のことだし、修道院の牧場(修道院は17世紀のフランスで隆盛を極め広大な領地を擁していたから、牧場にしてもよほど大きかったにちがいない)の草を「舌の幅ほど」(「舌の幅」という表現に注意しよう。少量であることを強調したい)「軽くつまんだ」(tondreは「ヒツジが草を食べる」の意だが、同時に「人が芝を刈る」の意味でも使う。déraciner「根扱ぎにする」のとは違って、地面を痛めることはない。その感じを出すためにこう訳してみた)、自分の所業はこれっぽっちだから、それまでの猛獣たちにくらべて、まことに微罪(peccaadilleという語が後出する)だと思うけれど、正直に告白しました、というわけだ。したがって、当然、自分も無罪放免のつもりだった。
A ces mots on cria haro sur le baudet
Un Loup quelque peu clerc prouva par sa harangue
Qu’il fallait dévouer ce maudit animal,
Ce pelé, ce galeux, d’où venait tout leur mal
Sa peccadille fut jugée un cas pendable.
Manger l’herbe d’autrui quel crime abominable !
  Rien que la mort n’était capable
D’expier son forfait : on le lui fit bien voir.
「これを聞くなり、一同はロバに向かい<有罪>と叫んだ。
あるオオカミは、わずかばかりの学識を元に弁舌をふるって、この呪われた動物を生贄にすべし、と論証した、
この毛の抜けた、この疥癬かきこそ、われらの疫病の原因ゆえ
ロバの微罪は縛り首にあたる、との判決。
他人様の草を食うとは!何という大罪だろう!
  死刑以外では償うことができぬ、彼の大罪は!
ロバはそれをしたたかに思い知らされた」
(太字・下線は朝比奈)
 2点の問題を抜きだしておこう。
 第一は「正義」という視点。「まったき正義に照らして望ましいのは、/いちばん罪深いものが死ぬことだ」と称して会議にはかったのはライオン王自身だったことを想起しよう「パンデミック(2)」ところが、上にみるように、peccadilleがforfaitにすり替えられて、犠牲sacrificeに選ばれたのは「いちばん罪の軽い」ロバになった。
 第二は「序列」という視点。ライオンを頂点とするこの世界で、最低に位置するのはロバであることを忘れまい。脱線することを覚悟で、Le Lion devenu vieux 「年老いたライオン」(巻3-14)を引く。老境に達し、ライオンが衰えたと知ると、動物たちがつぎつぎライオンを蹴ったりつついたりして、これまでの腹いせをする。最後にやってきたのはロバだった。すると、虫の息の老ライオンはつぎのように叫んだ。
“Ah! c’est trop”, lui dit-il : je voulais bien mourir ;
Mais c’est mourir deux fois que souffrir tes atteintes. »

「<ああ、これはあんまりだ>と彼はロバに言った、<死出の旅に出るつもりだった。
しかしお前ごときにやられるとは、二度死ぬほどつらい>」

 紙面の関係で、裁判の不公正の話は控える(それがラ・フォンテーヌの狙いなのだが)。
パンデミックの原因追求に窮して、誰かに責任をかぶせるという話題に戻る。上の太字部分に明らかなように、動物国はロバにその責任を負わせた。21世紀の人類はどうだろう。読者の皆さんはすでにお気づきだろう。アメリカの大統領の例が分かりやすい。自分がコロナ禍を見損なった過ちを棚上げにして、中国、ついでWHOの責任を追及したことを知らぬ人はいない。その後、コロナによる死者に占めるnoirs やhispaniquesの割合の高さが注目され、さらに人種差別問題に火種が移り、I can’t breathe! Je n’arrive plus à respirer.「もう息ができない!」は運動のスローガンになってしまった。

トランプ大統領
 今度の場合も、大統領は矛先をそらすことしか念頭になく、なんとAntifa「反ファシスト運動」のせいにしようとした。
 A part Trump et ses proches conseillers, aucun responsable politique n'a fait porter la seule responsabilité des violences sur les Antifa. (01/06/2020,Le Figaro)
 「トランプと側近の補佐官たちを別にすれば、暴動の責任をすべてアンティファだけに転嫁した者はだれもいない」
  コロナ禍の収束を願う一方、これを契機にTrump禍がこれ以上激化しないことを祈らずにはいられない。
 
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