朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
大きな世界と小さな世界 2023.01エッセイ・リストbacknext

ウクライナの惨状
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 私たちは二つの世界のなかで生きている。一つは身の回りの世界、深夜、隣家に救急車が来て病人が運ばれる騒ぎで眠れなかった、というような場合。もう一つは大きく人類全体をひっくるめた世界、ミサイルがキーウやリビウで爆発…とマスメディアが伝えるような場合。両者をどう繋げるかはともかく、私たちの人生はこの二つから離れられない。それをわきまえて、新聞は両方への目配りを怠らない。フィガロ紙は新年の幕あけにあたって、les Vœux du Figaro「フィガロ紙の年賀状」の体裁で、 « 2023, une espérance pour la France »「2023年はフランスにとって希望の年」と題するAlexis Brézet編集長の記事を載せた。
 L’année 2022 aurait pu, pour la France, être celle du rebond. La maîtrise de l’épidémie de Covid, un mandat présidentiel renouvelé… après cinq années fertiles en calamités («gilets jaunes», Notre-Dame, Samuel Paty, Covid), il y avait là de quoi se dire qu’on allait vers des jours meilleurs! N’eût été le drame ukrainien, et ses conséquences, tous les éléments étaient réunis sur le papier pour faire de l’an écoulé, au demeurant plutôt favorable sur le plan économique, un moment d’espoir et de sursaut.
(下線は原文のママ)
 「2022年はフランスにとってバウンドの年になってもよかった。新型コロナ禍の克服といい、幾多の災厄(「黄色いベスト運動」*、ノートルダム寺院**、サミュエル・パティ***, コロナ)がつづいた5年の挙句に果たされた大統領の再選といい、開運の日々に向っていると思えたのだった!ウクライナの悲劇とその惨禍さえなかりせば、すべての要素が机上に整って、とどのつまり経済面でも上向きだったこともあり、2022年を希望と飛躍の年にしようとしていた」
 *2018年11月、ガソリン高騰に端を発した反政府運動。黄色いベストを着用したデモ隊が道路をふさいだ。
 **2019年4月15日から翌日にかけて続いた大火で、甚大な被害が生じた。
 *** 2020年10月21日、ムハンマドの風刺画を見せたことを理由に、中学教員のサミュエル・パティはイスラム教信徒の生徒に殺害された。
 <n’eût été(またはn’était)+名詞>「もし…がなかったら」という文型に注意。文語調の言いまわしには、時代錯誤の大ロシア主義を狂信する独裁者に対する筆者の憤り、折角上向きになりかけた気運を台なしにされた口惜しさがにじんでいる、と見てよかろう。
 こうして期待を裏切られた後、目の前に立ち現れた現実は否応なくきびしい。

 Et pourtant, à l’aube de l’année 2023, c’est le sentiment dramatiquement contraire qui prévaut! La curieuse impression que tout se détraque, que tout se délabre, que tout se déglingue ; la sensation bizarre que la campagne présidentielle n’a servi à rien ; la désolante intuition que la France, sur la pente du grand déclassement, vient de dégringoler une nouvelle marche et que l’on voit mal ce qui pourrait l’arrêter…
 「しかしながら、2023年の夜明けの今、支配的なのは、劇的なまでに真逆な感情である。すべて が変調をきたし、すべてがぼろぼろになり、すべてががたがたになったという奇妙な感じ、大統領選が何の役にも立たなかったという変な感じ、そもそも大きな格下げの坂を転がり落ちつつあったフランスが、またしても一段階落ちてしまい、しかもそれを止めるものがなかなか見当たらないという嘆かわしい直観である」
 se détraquer以下、やつぎ早に繰出される代名動詞はどれも「否定」の意味の接頭辞をもち、いってみれば防御に追われるボクサーへのパンチに等しい。それが連発されることで痛みが加速度的に増幅される。まして、顕著な低落傾向(アンダーラインで強調されている!)がすでに始まっていたとすれば、もうノックアウト寸前、という認識だろう。

沖縄の海岸風景
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 これが「大きな世界」に関わる記事だとすると、Le secret du régime Okinawa, l'alimentation prisée par les centenaires japonais「沖縄式食餌療法の秘訣、百歳の日本人たちが評価する食事」と題して、同日の紙面の一隅を占めた次の記事などは、さしずめ、「小さな世界」に読者の目を向かわせるだろう。
… Okinawa est avant tout un lieu mythique. Cette île japonaise appartient au club très sélect des cinq «zones bleues» du monde, ces endroits où l'on recense la plus haute espérance de vie. Ici, on compte 42 centenaires pour 100.000 habitants, soit trois fois plus qu'en France. Loin d'être grabataires, ces derniers apparaissent moins affectés par les maladies liées au vieillissement (troubles cardiovasculaires, diabète, cancers). «Cette longévité est liée avant tout à leur bon capital génétique, et dans une moindre mesure, à une activité physique quotidienne associée une alimentation équilibrée», souligne d'emblée Pierre Nys, endocrinologue et nutritionniste.
 「沖縄は何より先ず、神秘の場所だ。この日本の島は厳選された世界長寿ブルー・ゾーン5か所に属している。これらの場所には世界でも平均余命が最長の住民が住んでいる。沖縄には、100歳以上の長寿者が10万人あたり42名もいる、すなわちフランスの3倍だ。彼らは寝たきりには程遠く、老人病(心血管の障害、糖尿病、ガン)に罹っている人もフランスより少ない。内分泌学者・栄養学者のピエール・ニスは即座に断言した、<この長寿の原因は何よりも先ず優れた遺伝的形質にありますが、それに次いで、バランスのとれた食事と日常の肉体活動にあります」
 知らずにいたが、「ブルー・ゾーン」に属するのは、沖縄以外にLomo Linda(米国)、Nicoya(コスタリカ)、Sardaigne(イタリア)、Icarie(ギリシア)。ロモ・リンダ以外は、いずれも海洋に面していることが興味を引くが、記事の眼目は「食餌療法」にある。そこには、加工食品を摂らない、旬の野菜を好み、肉よりも魚を食べる…とあるが、面白いと思ったのは専門家による次の指摘だ。
 一つは分量の問題。
 S'il s'apparente à la diète méditerranéenne par sa richesse en végétaux et en iode, le régime Okinawa se distingue par sa modération dans l'assiette. Dénommé «hara hachi bun», ce concept alimentaire nippon consiste à ne manger qu'à 80% de sa faim.
 「植物とヨードを多めに摂るという点では地中海琉のダイエットに似ているが、沖縄流は量を控える点で違っている。<腹八分>と呼ばれるこの日本式食事法は空腹の8割までしか食べないことで成り立つ」
 もう一つはデザートを摂らぬこと。  D'où l'importance de s'écouter pendant le repas. «Les Okinawaïens consomment énormément de produits semi-cuits ou crus, ce qui favorise la mastication lente et ainsi rassasie plus vite»
 「そこから、食事中に自分の腹加減に気を配ることが大事になる。<沖縄の人は生や半生の食品をたくさん摂取する、そのため咀嚼がゆるやかになり、その分、早く満腹状態になる>」
 笑いをこらえ難いのは、この「沖縄式食餌療法」の推奨者が、この後にmanger un fruit en cas de fringale dans la journée「日中、空腹を覚えたら、果物を食べる」ように薦めていること。ここに至って、大食に慣れたフランス人は俄かに「小さな世界」に引き戻され、s’écouterすることになるのにちがいない。


 
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