朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
荒らされた菜園 2023.02エッセイ・リストbacknext

ラ・フォンテーヌ
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 La FontaineのFables『寓話』というと、イソップ由来とされる動物の話を連想するが、作者と同時代人と思わせる人間の物語もある。その一つがLE JARDINIER ET SON SEIGNEUR「庭好きと領主」(第4巻の4)。予備知識として、貴族社会のことだから、領主の権限が圧倒的につよいこと、その一方bourgeois「町民」(貴族に比べると低いが、農民・庶民よりは高い位置づけ)の中には、町で商売で 稼ぐかたわら、田舎で庭いじりをする者jardinierも出てきたことを承知しておこう。彼はこの頃スペインから輸入されたばかりのジャスミンやレタスなどを育てていたが、菜園の周囲を生垣で囲った。狩猟は貴族の特権である以上、gibier「獲物」になる動物の侵入を防がねばならないのだ。あいにく、園内にはジャコウソウが繁茂していたがこれを好物とする野ウサギが一匹もぐりこみ、園内を荒らした。困った亭主はSeigneur「領主」に害獣の駆除を訴え出た。相手は快諾、翌日、家来たちを引き連れ、やって来るなり、食事を要求した
  Çà, déjeunons, dit-il: vos poulets sont-ils tendres?
  La fille du logis, qu’on vous voie, approchez.
  Quand la marierons-nous? Quand aurons-nous des gendres?
  Bon homme, c’est ce coup qu’il faut, vous m’entendez,
      Qu’il faut fouiller à l’escarcelle.
  「さあ、食事だ、食事だ」と領主。「そちの家の若鶏は柔らかいかな?
  家の娘御、顔を見たいものじゃ、近う寄れ、
  いつ嫁がせるのかな?いつ婿を迎えるのかな?
  亭主、肝心なのは、わかっておろう、いざという時には
   財布の底をはたく覚悟がいるぞ」

  領主の専横はとどまるところを知らない。

 Disant ces mots, il fait connaissance avec elle.
    Auprès de lui la fait asseoir,
 Prend une main, un bras, lève un coin du mouchoir,
    Toutes sottises dont la Belle
    Se défend avec grand respect;
 Tant qu’au père à la fin cela devient suspect.
  「こう言ったかと思うと、娘と昵懇(ジッコン)になった気で、 
      傍らに坐らせ、
  手をとり、腕をとり、スカーフの端をまくり、
    あれこれよしなき事をしかけるのに対し、
    娘御、いとも慇懃(インギン)な態度で抵抗する。
  しまいに、父親、怪しいと気をまわす」

 さて昼食になったが、領主以下、猟犬、馬に至るまで、旺盛な食欲を発揮。亭主はさんざん食い荒らされた。でも、まだ序の口で、本当の乱暴狼藉は、食事後のウサギ狩りの際に極まった。

     Chacun s’anime et se prépare:
  Les trompes et les cors font un tel tintamarre
     Que le bon homme est étonné.
  Le pis fut que l’on mit en piteux équipage
  Le pauvre potager; adieu planches, carreaux;
   Adieu chicorée et poreaux;
   Adieu de quoi mettre au potage.
 Le Lièvre était gité dessous un maître chou.
 On le quête; on le lance, il s’enfuit par un trou,
 Non pas trou, mais trouée, horrible et large plaie
     Que l’on fit à la pauvre haie
 Par ordre du Seigneur : car il eût été mal
 Qu’on n’eût pu du jardin sortir tout à cheval.
     「めいめい勇み立ち、支度をととのえる。
 ラッパとホルンがけたたましく鳴りひびく、
     その轟音にお人好しの亭主はぶったまげた。
 最悪は、丹精の菜園が
 見る影もない姿になったこと。花壇も畑も、おじゃん、
     チコレもポロネギも、おじゃん、
     ポタージュにいれる実も、おじゃん。
 問題の野ウサギ、キャベツの親玉の陰に潜んでいた。
 総出で探索し、追い立てると、穴から逃げた。
 いや穴どころじゃない、抜け道だ、かわいそうな生垣に
     皆がこさえた、ぱっくり空いた傷口だ。
 命令をくだしたのは領主。だって、馬に乗ったまんま
 農園から外に出ようとするなんて、どだい無茶だったのだから」

 結局、野ウサギは捕まらず、庭好きな男には何が残ったか?

     … et les chiens et les gens
  Firent plus de dégât en une heure de temps
     Que n’en auraient fait en cent ans
     Tous les lièvres de la Province.
  「…猟犬たち、家来たちが
  一時間のうちに与えた損害は甚大で、
     地方に棲む野ウサギ全部が総がかりで
     百年間、食べたって、その域には達しなかっただろう」


ウクライナの惨状
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 ラ・フォンテーヌはmoralité「教訓」を付け加え、petits princes「小国の領主」たちが小国同士の争いにrois「大王」に頼る愚を戒め、「王の軍を領内に入れるな」と忠告している。  研究者の中には、時の宰相Colbertによる貴族の狩猟特権の強化への非難、さらには国王Louis XIVの領土拡張戦争による農地荒廃への憂慮を読みとる人もいるが、それはさておき、「荒らされた菜園」の光景からわたしが連想するのは、連日のようにテレビが映しだすウクライナの惨状である。ドンバス地方一部住民の訴えが口実になって、ロシア軍がウクライナ領内に侵入した。戦車による平原の蹂躙、ミサイルによる市街の破壊など暴虐は長期化し、国土は荒らされるばかりになった。1年になるのに、終わりが見えない。無に帰したラ・フォンテーヌの教訓の重さを嚙みしめつつ、早期の停戦を願うばかりだ。


 
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