朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
「Etre とavoir」
2005.05エッセイ・リストbacknext
 Etre et avoir という著書を日本では『存在と所有』と訳している。これはフランスの哲学者ガブリエル・マルセル(1889-1973)の代表作だが、ここでそんな高尚な哲学談義をするわけではない。じつは、同形を不定詞とする êtreと avoirというフランス語の二大基本動詞の使い方について、英語との対応関係を問題にするだけのことである。
 さて、動詞êtreは「存在」をあらわすとともに、主語と後続の形容詞や名詞とをつなぐ性質をもつが、これに相当する英語はもちろんto beである。一方、avoirは「所有」という基本義からはじまって、さまざまな成句をつくるが、これに対応する英語がto haveであることはいうまでもない。
 例をあげればきりがないが、有名なパスカルの一句を引き合いにだす。
 L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature ; mais c'est un roseau pensant.
「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。」
の英訳はペンギン古典叢書によると、つぎのとおりで、êtreとto beは見事に照応している。
  Man is only a reed, the weakest in nature, but he is a thinking reed.
 avoir とto haveの対応関係についても同じように考えられる。手近な例をあげれば、Il a un fils.「彼には息子がひとりいる。」という時、これに対応するのは、He has a son.であり、どの国でも通用しそうな諺「壁に耳あり」は、Les murs ont des oreilles./ Walls have ears.であって、avoir イコール to haveの関係は見てのとおりである。(冠詞のことはここでは不問に付する)
 本来の動詞としての用法のほかに、助動詞としての機能があることも両国語に共通している。être もto beも他動詞の過去分詞をしたがえると、受身形ができあがる。
「山頂は雪に覆われている。」Le sommet est couvert de neige./The summit is covered in snow.
 そもそも過去時制の仕組みは両語文法の相違点のひとつであるが、それを認めたうえであえて比較すれば、<avoir + 過去分詞>が直説法複合過去形になることと、<have + 過去分詞>が現在完了形になることとはavoir/haveの助動詞機能という意味で重なり合っているとみなせるだろう。
  「仕事は終わったかい?」As-tu fini ton travail ?/Have you finished your work ?

 これまでの説明を前提にして、avoirとto haveの関係が時としてねじれて、avoirがto haveではなく、むしろto beに重なることに話を進めよう。以下に示すのは、日常的な会話に不可欠な表現ばかりだが、どれも<avoir + 無冠詞名詞>と<to be + 形容詞>が同義になることに注目したい
 「お腹がペコペコだ。」 J'ai très faim. /I am very hungry.
 「のどが渇いた。水をください。」 J'ai soif ; donnez-moi de l'eau./ I am thirsty ; give me some water.
 「足が寒い。」 J'ai froid aux pieds. /My feet are cold.
 「眠くありませんか ?」 N'avez-vous pas sommeil ? / Aren't you sleepy ? 
 「まったくあなたがおっしゃるとおりです」 Vous avez tout à fait raison./ You are quite right.
 「いくつなの?――― 10歳です」 Quel âge as-tu ? --- J'ai dix ans./ How old are you ?
--- I am ten years old.
 「フランス語を話すときに、間違いを気にしてはなりません」 
 N'ayez pas peur de faire des fautes quand vous parlez français./ Don't be afraid of making mistakes when you speak French.
 最後に、こんな分かりきった表現にわざわざこだわったのはなぜか、その理由を述べよう。
 前回の話をここで思い出してほしいのだが、要はavoirイコール to haveという固定観念 に囚われてはいけないということにつきる。いっぱんに単語と単語の対応関係は国語がかわると、完全に重なりあうことはない。まして、今とりあげた動詞、特にavoirの場合は重複部分以外に、はみだす部分が少なくない。その点から目をそらさないでほしいのである。
 それに加えて、今回の例からは、単語単位ではなく、avoir faim(froid….)のような「語の塊り」として、あくまでも成句として記憶することの大切さを学びとってほしいと思うのである。
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