前の回に英語の肩をもつかのような話をした。その埋め合わせに今度はフランス語の特長が生きる場合をとりあげるとしよう。
よくいわれるように英語にくらべると、フランス語は単語の数がずいぶんすくない。別の言い方をすれば、一つのフランス語に対応する英語が一つとはかぎらぬということ。時に、語義・用法によってちがったものがいくつも出てくるケースがある。
たとえばexposer という動詞を例にあげよう。Petit Robert辞典によると、語義はつぎの4種に分類される。
(1)Disposer de manière à mettre en vue「見えるように配置する」
▶exposer des marchandises en devanture「ショーウインドーに商品を展示する」
英語ならto display
▶Ce musée expose en ce moment des Dufy.「当美術館はいまデュフィを展示中です」
→to exhibit
▶exposer un criminel「罪人を曝しものにする」→to put ... on public view
(2)(Abstrait)Présenter en ordre 「[抽象的]順序立てて示す」
▶exposer la situation financière d'une société「会社の財務状況を示す」→to explain
▶exposer une théorie à qn「理論の要点を人に説明する」→to outline
▶exposer une thème「[楽]主題を提示する」→to introduce
(3)Disposer, placer dans la direction de, ou de manière à soumettre à l'action de「の向きに、または、の作用を受けるように置く、配置する」
▶exposer du linge au soleil 「洗濯物を日に当てる」→to expose
写真の「感光させる」という用法もこれに当たる。
(4)Exposer(qn à) ; Mettre (qn) dans une situation périlleuse「(人を)危険にさらす」
▶Son métier l'expose constamment au danger.「彼は商売がら絶えず危険に曝されている」
→to risk
これらの説明を見ると、単語としてその語義には一定の方向性が認められ、ある枠内におさまることがわかる。しかし、Oxford-Hachette仏英=英仏辞典にしたがうと、いずれも別の英単語に対応している。あらためてexposerという語の意味範囲の広さが印象づけられるのではないか。それは時にあいまいさをはらむかもしれないが、逆に、この幅広さからコトバの遊びが生まれることもある。
つぎのcalembour「地口」を見てほしい。
ロンドンの水晶宮 |
On a dit, à propos de l'exposition universelle de Londres, que ce qu'il y avait de plus exposé au Palais de Cristal, c'étaient les poches des visiteurs.
「ロンドンの万国博覧会に関連してこんな話がでた、水晶宮でもっとも人目に曝されたのは観客の懐だった由」
水晶宮は1851年の万博の際にロンドン郊外に建てられた鉄骨ガラス張りの大展示場で、パリのGrand Palais(1897~1900年に建設)、Petit Palais(1900年)の先駆といえる。exposition universelleはいまや日本でも「エキスポ」の名でおなじみだが、英語ではinternational exhisibitionとかworld's fairとかいう言い方が本来だろう。それはともかく、上の仏文では太字の2語がexposerという動詞の派生語であるところに意味がある。特に後者では上記の(1)すなわち「展示する」の意と、(4)すなわち「危険にさらす」の意とをダブらせ、展示品の魅力に負けて有り金を絞られたことを皮肉ったもの。
airという名詞も多義的な語だ。Robertはじめ多くの辞書はそもそも語源が異なるとして、見出し語を三つ立てている。(1)「空気」→air ;「雰囲気」→atmosphere 。(2)「様子」→manner;「表情」→expression。(3)「旋律」→tune;「アリア」→ariaである。ただし、(1)の領域はさらに多岐にわたっている。たとえば「風」の意味に使われる場合がある。Il y a de l'air.「風がある」のように。このとき英語では、室内・屋内ではThere's a draught([米]draft).「隙間風」(=courant d'air)だが、野外ではThere's a breeze.「そよ風」(=brize)と区別しないわけにはいかない。
つぎの地口はまさにフランス語の強みが発揮された例だろう。
Un acteur d'Opéra-Comique, qui n'avait à paraître que dans le dialogue, disait :---C'est singulier, je suis là entre deux airs. ---Tu t'enrhumeras, lui dit-on.
「オペラ・コミックの役者が、歌と歌のやり取りの合間にしか出番がなかったので、こう言った“変だな、ぼくは二つのair(=アリア)にはさまれているぞ”そこで“そりゃ風邪を引くぜ”とまぜ返された」
いうまでもなく、太字のairの多義性が鍵を握っている。
オペラ=コミック座
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Deux campagnards se rencontrent dans la rue, l'un dit à l'autre qu'il venait d'apercevoir un vent. --- Comment ! apercevoir un vent ? --- Oui, je l'ai vu, te dis-je. --- Et quel air avait-il ?--- Il avait l'air de vouloir abattre la cheminée.
「田舎者二人が通りでゆきあった。一方がもう一方に“今しがた風を見かけた”という。“何だって!風を見かけたって?”“そうさ、見かけたんだよ、本当さ”“で、どんな様子だった?”“煙突を倒したそうな様子だったな”」
vent とairを重ねたところにおかしさがあり、英語ではこうはいかない。
なお、上のcalembourはDictionnaire des calembours et des jeux de mots(Delarue社
刊)から引いた。その扉につぎのような地口が掲げてある。
Quel genre d'esprit faut-il avoir pour deviner un calembour ? --- Il faut avoir l'esprit
devin. 「地口(駄洒落)を見抜くにはどんなタイプの頭がいるでしょう?」「必要なのは易者的な頭です」(裏にesprit-de-vin「酒精、エチルアルコール」が隠れている)
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