朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ダン・ブラウンの新作 2009.12エッセイ・リストbacknext

「ロスト・シンボル」の
仏訳版の表紙。

 Da Vinci Codeで大ヒットした(40数ヶ国語に翻訳され、2003年3月発売以来の発行部数は8,100万部に達したとか!)アメリカの作家Dan Brownが今度The Lost Symbol『ロスト・シンボル』を出版して、またまた世界の注目を浴びている。邦訳の刊行は来春3月だそうだが、フランスでは一足先にLe Symbole perdu というタイトルで11月27日に発売。65万部を刷った由で、アマゾンが早くから予約を募っている。前景気を煽る傾向は日本よりもフランスの方が上手で、同じ通販会社は、何と前日の26日に発売のEric Giacometti, Jacques Ravenneの共著Le symbole retrouvé :Dan Brown et le mystère maçonnique『見出されたシンボル:ダン・ブラウンとフリーメイソンの謎』(タイトルから見て、解説書にちがいない)の先行予約も受け付けるという抜け目なさだ。
 ル・モンド紙(11月5日付)のコラムLettre des Etats-Unis「アメリカ便り」を担当するCorine Lesnes女史はA la recherche du symbole perdu「失われたシンボルを求めて」(むろんProustのA la recherche du temps perdu『失われた時を求めて』のもじりだろう)と題して、早々と内容を紹介しつつ、アメリカ政治とフリーメイソンとの深い結びつきに光をあてた。驚いたことに、初代のWashington大統領がこの結社の一員であり、例の独立宣言にいう「創造主」Créateurにしても実はほとんどただの文飾 figure de styleで、キリスト教の神とは縁遠いものにすぎないn’ayant qu’une lointaine parenté avec le Dieu chrétienというのである。一体全体、ピルグリム・ファーザーズthe Pilgrim Fathers, [仏]les Pères pèlerinsが開いた国という話はどうなったのか? 大騒ぎしたくなるのも無理はない。この団体の過去には何やら陰謀の影がさし、「自由」を標榜しているのに、多くの謎から解き放たれていないからだ。基本情報を整理しておこう。 Freemason「自由な石工」の名の通り、石工の同業組合、ギルドcompagnonnageが起源らしいが詳細は不明。遅くとも18世紀初頭までの英国で、貴族らが中心となり自己啓発と友愛精神の尊重を目指す思想団体として組織された。しかし、会員間の結束を重視するあまりésotérisme「秘教主義」に傾き(MozartのオペラLa flûte enchantée『魔笛』がその雰囲気を伝えるという)、互いの意志疎通にさまざまなシンボルを用いた。そのため秘密結社société secrète扱いされたばかりか、フランス大革命の推進者の多くが会員だったこと、free thought ,[仏]libre-pensée「自由思想」を唱え、カトリックをはじめとする既成宗教と対立したことから、ともすれば不穏分子という目で見られるようになった。

フリーメイソンのシンボルマークの一つ。Gは神と幾何学をさすという。

 ところで、アメリカはキリスト教国というのが常識だ。Bush前大統領がキリスト教原理主義者の支持を受け、みずからも敬虔な信仰の人という装いを崩さなかったことがその印象をいちだんと強めた。しかし、ダン・ブラウンによれば、合衆国がキリスト教徒によって建国されたキリスト教国nation chrétienneであるというのは偽りで、むしろ建国の原理は自由思想であり、自由思想家が支配する国だということになってしまう。なんと、大統領だけ考えても、Nixon退任の後を受けたFord38代大統領を含め実に13人のフリーメイソンを数えるそうだし、議会(原本の表紙ではCapitole「国会議事堂」がフリーメイソンの印璽に覆われている)の議員にしても多数が会員というから空恐ろしい。
 本当なのか?という疑問が湧くが、それを解くには『ダ・ヴィンチ・コード』の場合と同じく、作者の誘いを受けて、小説(あくまでも小説なのだが)に取りつくしかなかろう。本稿としては、free masonがフランス語ではfranc-maçonになることを手がかりに、このfrancという形容詞の用法を調べるだけにとどめたい。
 普通は「率直な」の意味の形容詞franc, francheの語源は、franciqueらしい。つまり元来はfranc, franque「フランク族の」と同系の語で「フランク族に属する」を意味していた。そこからesclave「奴隷」やserf「農奴」に対する人として「自由な」という語義が生まれた。これがfranc de ~ 「~から解放された」のような用法にもつながる。
Le sage est franc d'ambition, d'amour, et de toutes les passions qui travaillent les autres.
「賢者は野心や恋やその他並みの人間を悩ませるもろもろの情念から解放されている」
 これは17世紀の文学者(アカデミー・フランセーズに先がけて自力で辞書を作った人としても名高い)Furetièreの文章だが、この用法は廃れて、今ではfranc de port「(送料・梱包費など)運賃送り主負担の」やêtre franc du collier「(馬が)ぐいぐい引く;[転じて](人が)物怖じせず率直な」のような成句に限られるようだ。
 ただ、今も見かけるport franc「自由港」やzone franche「自由地帯」という表現にはfranc d'impôts「免税の」の名残りがある。どちらの「自由」も「無税で荷物の輸出入の船が出入りできる」「無税で荷物の受け入れができる」ところに由来するのだから。
 いくつかの地名に残るvillefranche(なかでも有名なのはリヨンの北、ソーヌ河沿いにあるVillefranche-sur-Saône)にしても、元来は中世に、領主への人頭税capitationを免除された「自由市」だったことに由来している。
 スポーツ用語のcoup francに出てくるfrancも同じ用法の一例で、「普通の流れを止めて自由なプレーを許される」の意味と考えられる。サッカーやラクビーでは「フリ−キック」、バスケットボールでは「フリースロー」がそれである。

 スポーツが出たついでに、よく耳にする「フランチャイズ」に触れておこう。「プロ野球で、本拠地。また、そこでの興行権」(集英社国語辞典)という意味だが、カタカナ表記が示すように、概念そのものが米語franchiseの直輸入と考えられがちだ。しかし、もともとは歴としたフランス語で,これまで述べてきたfrancの名詞である。むろんavec franchise「率直に」のように使うが、その一方「免税」「特権、自由権」のような語義もある。なかでも、「商標や会社名の独占使用権」の意味がそのまま英語に取り入れられた。ややこしいのは、それが米語で動詞化され、「(に)専売権を与える」の語義に発展し、それがフランス語に逆輸入されてfranchiser/ franchisageという新語になったこと。これが日本語の「フランチャイズ」に見合うフランス語ということになる。
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