朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
シェールオイル(ガス) 2012.10エッセイ・リストbacknext

シェールオイル
 日本のマスコミはこのほど国内ではじめて「シェールオイル」が秋田県で掘り出されたことを大きく報じ、「資源に乏しい日本にとってうれしいニュース」としているが、その浮かれ方が気になる。一部に「環境対策との両立課題」(毎日新聞)という醒めた見方が認められるものの、大勢としては「自前燃料 前進なるか」(朝日新聞)という見出しに代表されるように、メリットを強調する声ばかりが高い。期待するのはいいが、それが行き過ぎると、ついデメリットの客観的な見究めを怠ってしまう。このままでは、災害のリスクを軽視した結果、惨事を招いた原発危機の二の舞を演じることになりかねない。
 そこへ行くと、フランスのマスコミはずっと前から「シェールガス」gaz de schist(Wikipédiaによるとgaz de roche-mèreあるいはカナダではgaz de shaleとも呼ぶ、とある)の問題に関心をよせていて、埋蔵量でも掘削技術でも世界をリードするアメリカの実情をつぶさにレポートするとともに、この技術が人類におよぼすマイナスの影響にも目を配ろうとしている。ここには最近の「ル・モンド」紙から二つの記事を紹介して、興奮する日本のマスコミに水をぶっかけてやりたいと思う。
 一つ目は7月26日付のBienvenue à Fort Worth, Texas, la capitale du gaz de schist 「シェールガスの首都テキサス州フォ-トワースへようこそ」と題するルポルタージュ。記事はブームを揶揄するかのように、元は家畜とカウボーイで鳴らしたテキサス州の知事は空港の出口に”Welcome to Gasland!”「ガスの町にようこそ!」という看板を立ててもよかろう、という書き出しではじまる。事実、テキサス州北部には1億1000万㎥以上の埋蔵量のシェールガス田があり、すでに1万8000基の井戸がある。
 Certains experts jugent que cette industrie a contribué pour 38,5%(soit 65 milliards de dollars) à la croissance du nord du Texas au cours des dix dernières années. La secteur employait 288 000 salariés en 2010 ; ils pourraient être 385 000 en 2015 et même 683 000 en 2035, avance le cabinet IHS Global Insight.
 「何人かの専門家の推定によると、この産業は過去10年のあいだにテキサス州北部の経済成長に38.5%(すなわち650億ドル)貢献した。この部門は2010年に28万8000人を雇用した。その数は2015年には38万5000、2035年には68万3000になるかもしれない、とIHS世界経済予測研究所は主張している」
 そのため、fracturation hydraulique、[英]fracking「水圧による掘削工事」にともなう騒音やcontamination des nappes phréatiques par l’injection à haute pression d’eau, de sable et de produits chimiques à usage domestique pour élargir les fissures naturelles de la roche「頁岩の自然の割れ目をひろげるために高圧で水・砂・家庭用の化学剤を注入する結果生じる自由地下水の汚染」やcontamination par des gaz s’échappant des puits d’exploitation des shale gaz「シェールガスの掘削井戸から洩れるガスによる大気汚染」といった公害の指摘がくりかえされているにもかかわらず、住民に対するアンケートの結果は、何と66~77%が工事の継続・拡充に賛成であるという。
 

グアー豆
Plus on est proche des puits, plus le taux est élevé. Et pour cause, les propriétaires louent leur terrain et engrangent des royalties.
 「井戸の近くに住んでいる人ほど賛成率が高くなる。それもそのはずで、地主たちは土地を貸してロイヤルティ―をせしめているのだ」
 二つ目は8月24日付のLe haricot de guar indien dopé par le gaz de schiste 「インド産のグアー豆、シェールガスのお蔭で高騰」というニューデリー発の特派員報告だ。doperという動詞、むろん「興奮剤(ドーピング剤)を使用する」ことだが、ここでは俄か景気に読者の目をひきつける用法だろう。記事はさりげなくこんな調子ではじまる。
 Les vaches du Rajasthan ont du souci à se faire.
 「ラジャスタンの牛たちは不安をかかえている」
というのも、haricot de guar(英語のcluster beanから「クラスタマメ」ともいわれる。因みに「クラスター爆弾」cluster bombも同系のコトバだ)はインド、パキスタン原産、一年生のマメ科植物で、もともとは家畜の餌として栽培されてきたからだ。それがグアーカレーの材料になり、さらにagent émulsifiant「乳化剤」として農産物加工業で活用されるようになった。ところが、このマメが意外にもシェールガス、あるいはシェールオイルの生産に役立つことが判明したのである。
 La poudre ou la gomme tirée des graines de guar facilite en effet, en épaississant les fluides injectés dans la roche, l’extraction du gaz ou du pétrole, puis leur récupération. Alors que quelques grammes de guar suffisent pour fabriquer une crème glacée, il en faut en moyenne neuf tonnes pour un forage de pétrole ou de gaz de schiste.
 「グアー豆の豆粒から抽出した粉もしくはゴムは、実は、頁岩への注入液を濃くしてくれるので、ガスや油の採取が容易になり、さらにそれらの回収も容易になるわけだ。注入用のクリームを作るにはグアー豆数グラムで十分だが、シェールオイルまたはシェールガスのボーリング1回につきそのクリームが平均して9トン必要になる」
 インドはグアー豆世界生産量の80%を供給しているから、アメリカからの注文の殺到により相場は急上昇することになった。
 Entre 2010 et 2012, le prix de la tonne est passé de 1500 à 20 000 dollars. Et nous avons encore aujourd’hui quatre ou cinq nouveaux clients américains par mois.
 「2010年から2012年の間に、トンあたりの価格は1500ドルから2万ドルに跳ね上がりました。今になっても毎月新規に4〜5人のアメリカ人客を迎える有様です」とは土地の工場主の発言である。  
 インドでも特に貧しい北東部、狭い荒地の農業に苦しんできた住民にとって、まさにune mine d’or「金鉱」を掘り当てたような朗報だろう。しかし、シェールガス(オイル)を当てこんだブームがいつまで続くものか、何年か前に「ナタデココ」の過剰生産で倒産したフィリピンの農家の二の舞にならない保証はないのである。
 
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