朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ノーベル賞受賞者の肖像 2012.11エッセイ・リストbacknext

iPS細胞
 京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞の医学生理学部門で英国のJohn Gurdon氏との共同受賞者colauréat du prix Nobelになった。この分野の受賞者は過去半世紀以上ほとんど毎年のようにアメリカ人(米国生まれの人とは限らない)だったから、独占を阻むような形でそれ以外の国籍の人、それも日本人が受賞するのは1987年の利根川進氏に次ぐ快挙であり、内外で大きく取りあげられたのも無理はない。「ル・モンド」紙も受賞をつたえる記事とは別個に、Philippe Mesmer記者を京都に特派して、長文の紹介記事(10月13日付)を載せる力瘤のいれようだった。それは肖像portraitというカテゴリーに属する記事で、当該人物の姿を読物風にスケッチするのだが、今回はShinya Yamanaka, banquier et Nobel「山中伸弥、銀行家でノーベル賞」という見出しになっている。日本では、朝日新聞夕刊(10月9日付)の「研究進まぬ日も家に笑顔」というトップ記事に代表されるように、微笑ましいホームドラマに仕立てるのが通例だろう。今回も、記者会見に臨む夫妻の写真が掲載され、にこやかな知佳夫人が大写しになっている。他の各紙も似たようなものだろうが、仏紙の方はこれとははっきり一線を画している。その特異性はどこにあるのか、問題の記事から二つほど目立った部分を抜き出してみよう。
 そもそもbanquier et Nobelという見出しは何を意味するのか、これをまず解きあかさなくてはならない。Nobelはle prix Nobel「(1)ノーベル賞、(2)ノーベル賞受賞者、(3)ノーベル賞作品」を縮めたものだが、ここではむろん(2)の意味だろう。それはいいとして、もう一つの「銀行家」とは何事か?記事の冒頭に教授の受賞とは別のune autre victoire「もう一つの勝利」として、séduire l’opinion et convaincre le gouvernement de l’aider encore plus dans son domaine de recherche「世論を誘惑し、かつまた政府を説得して、自分の研究分野への援助をさらにいっそう増やすようにすること」とある。事実、すでに文科省は他の諸官庁と連携して京大内にiPS細胞研究所Centre de recherche et d’application pour les cellules iPS(CiRA)を開設し、さらに向う10年にわたり200 et 300 millions d’euros supplémentaires「2、3億ユーロの追加補助」を与えることに決めたのだった。
 De quoi ravir le scientifique, inquiet des limites des financements de ses travaux, faute notamment de donateurs privés --- « nous n’avons pas cette culture au Japon »
「これは山中氏を狂喜させるものだ。特に民間寄付者がいないため、かねがね研究資金調達力の限界に不安をもっていたから。――<(民間人の寄付という)文化が日本にはないのですよ>」
 むろん日本のマスコミも教授が「マラソンに挑戦して資金を募ってきた」ことを報じているが、扱い方がエピソード風で軽い。日本の記者たちは、研究者が資金稼ぎにそこまで体を張らねばならぬ状況を問題視する危機意識を欠いている。他方、山中教授はポストがないまま渡米し、恵まれた環境の中で存分に研究に没頭できた、そしてその背景には研究態勢を支える膨大な寄付があることを否応なしに覚った。帰国して彼我の落差に愕然とした山中教授は、国庫補助(つまり税金)に頼らなければ研究が成り立たない日本のあり方に対して根底的な不満を募らせただろう。ル・モンド紙の記者は本音をしっかり聞き出している。「日本にはそういう文化がない」現代日本に対するこれほど深刻な告発がノーベル賞受賞者の口から飛び出したことをわたしたちは軽視すべきではあるまい。

山中教授
   Les nouveaux fonds devraient l’aider à concrétiser ses projets, notamment celui d’une banque de cellules souches.
 「新規の資金は山中教授が自分の計画、特に幹細胞バンクの計画を具体化する助けになるはずだ」
 ここまできて「銀行家」はこのバンクにつながることが判明した。つまり、研究成果を日本人の病気治療に役立てたいという意図なのだ。投資しただけの利潤をあげたいという、考えようによっては実に「銀行家」的な筋の通し方が教授を支配している。
 もうひとつ見逃すわけにいかないのは、山中教授が日本の教育・研究の仕組みに批判的なことを浮き彫りにしている点だ。
 Shinya Yamanaka, reconnu pour sa créavilité et parfois considéré comme un peu excentrique, organise son laboratoire comme le faisait Robert Mahley, le fondateur de l’Institut Gladstone, qu’il considère comme son « père dans le domaine scientifique.» «J’essaye d’utiliser les mêmes expressions, de travailler comme lui. » Le CiRA emploie 300 personnes. « La moyenne d’âge ne dépasse pas 35 ans, explique le professeur Yamanaka. J’essaye de donner un maximum d’indépendance aux gens, comme j’ai pu en bénéficier moi-même. »
 「山中伸弥は豊かな創造性で認められているが、時にやや変人と見なされており、自分の研究所を組織するにあたり、グラッドストーン研究所(サンフランシスコにあり、彼はオーバードクターの時代、そこに留学して研究していた)の創始者ロバート・マーレイに倣った。彼を「科学分野における「第二の父」と考えているからだ。」山中教授は説明する。「私は彼と同じ言い方をし、同じように研究しようと努めています。」iPS研究所は300人を擁している。「平均年齢は35歳未満です。所員には最大限の自立性を与えようと努めています。わたし自身、その恩恵を受けることができたように」
 この自由をたっとぶ姿勢は将来の科学者をめざす若者にたいする教育システムのあり方にも適用されなくてはならない。
 Il juge à ce sujet que le système éducatif japonais oblige trop les étudiants à apprendre par coeur. « Dans le domaine scientifique, la créativité est plus importante. »
 「教授はこの件(教育のあり方)について、日本の教育システムは学生たちにあまりにも丸暗記を強制しすぎると批判する。<科学分野では、創造性の方が重要なのです>」
 彼の指導方針にしたがって、弟子たちがつぎつぎ画期的な研究成果をあげつつあることを紹介して記事は終わるのだが、ノーベル賞受賞者の肖像を提供する一方で、彼の後継者を育てるにはどうすればいいのか、その問題意識が強く感じられる。山中教授が結局はアメリカの研究所に育てられたこと、このままでは第二第三の山中伸弥の自力による育成はおぼつかないこと、この重大さに日本人自身、はたして気づいているだろうか。
 
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