朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
被害妄想 2015.09エッセイ・リストbacknext

ランスのレオ=ラグランジュ公園 ※画像をクリックで拡大
 agression「攻撃」という語は思いのほかに厄介だ。国際法では「侵略」を意味し、guerre d’agressionは「侵略戦争」だ。他方でこの語は社会生活の領域で、個人相手の攻撃にも用いられる。その点、同じ「攻撃」でもattaqueとはちがう。attaque nocturneは軍事的な「夜襲」の意だが、agression nocturneは「夜間の暴漢による襲撃」を指す。転じてattaqueが言論による「非難」を意味する場合があるが、Robert辞典はagressionに特にParoles, comportement qui visent à blesser moralement「人を精神的に傷つけようとする言辞・行動」という説明をくわえている。その好例が7月27日(月)付けLe Monde紙に載っていた。
 見出しはA Reims, crêpage de chignons pour un bikini
 「ランスで、ビキニのことで女同士掴み合いの大喧嘩」因みに、crêpageは元来「逆毛を立てて髪 をふくらませること」をいうが、そこから上のような成句ができた。
 問題のagressionが出てくるのは、この見出しにつづくリードの部分だ。
Un banal fait divers, interprété hâtivement comme une agression religieuse, a enflammé les réseaux sociaux.「ありふれた三面記事が、早とちりで宗教がらみの非難攻撃と解釈された結果、 SNSの世界を沸騰させてしまった」
 この「攻撃」とは何か。発端はランスの公園で3人の女性がショートパンツにビキニのブラジャ ーという姿で日光浴をしていただけのことだった。真夏のことでもあり、これ自体はどの町でも見 かける光景だろう。ましてパリよりも北にあるランスの土地柄で、日光浴の必要性は高い。なのに、 これが思わぬagressionを招きよせてしまった。
 Passent devant elles cinq jeunes filles, dont l’une est particulièrement complexée. « Allez vous rhabiller, c’est pas l’été ! », lance-t-elle. « C’est sûr qu’avec ton physique de déménageur... », riposte l’une de celles qui bronzaient au soleil. Les deux en viennent aussitôt aux mains, se tirent les cheveux et se giflent. L’agressée a le dessus, les copines de l’agresseuse s’en mêlent, la police est alertée, les cinq filles, trois majeures de 18 à 24 ans, Inès Nouri, Zohra Karim, Hadoune Tadjouri et deux mineures de 16 et 17 ans, sont interpellées.
 「彼女たちの前を若い娘たち5人が通った。その1人が人目をやけに気にする女性だったから、言っ てしまった:<着替えてらっしゃい、夏じゃないわよ!><たしかに、あんたみたいに引っ越し人夫 顔負けのごつい体をしてたら...>と日向ぼっこ組の1人がやりかえした。たちまち2人はつかみ合い になり、髪の毛を引っ張り、殴りあった。攻撃を受けた女性の方が優勢なのを見て、攻め手の仲間た ちが加勢した。警察が呼ばれた。5人のうち18歳から24歳の3人の成年者、イネス・ヌリ、ゾラ ・カリム、アドゥヌ・タジュリ、ならびに16歳と17歳の未成年者2人は拘引されてしまった。」
 こうして怪我人まで出たものの、ここまでならただのローカルな三面記事ですんでいただろう。 ところが、これを報じたランスの地方紙l’Union「ユニオン」が妙な味付けをしてしまった。
 Une Rémoise de 21 ans profitait du soleil avec deux amies et bronzait en maillot de bain au parc Léo Lagrange. C’est alors qu’un groupe de cinq jeunes filles passe à proximité. L’une d’elles se détache du groupe. Voir cette femme qui bronze au soleil semble contraire à sa morale et sa conception des bonnes mœurs car elle vient lui reprocher sa tenue légère jugée indécente en pareil endroit. Effarée par un discours aux relents de police religieuse, la jeune femme se rebiffe en rétorquant qu’on n’a pas à lui dicter sa façon de se vêtir. »
 「21歳のランス女性が2人の女友達と陽光を利用し、レオ=ラグランジュ公園で水着姿で日光浴をし ていた。その時、5人の娘の一行が近くを通りかかった。1人がグループから抜けだした。日光浴をし ている女性を見たことが彼女の道徳や良俗意識に反するように思えた。というのも女性の方に近づき、 このような場所ではふしだらだとして相手の軽装を非難したからだ。若い女性は宗教的取締りの気配が 濃い説教に度肝をぬかれたが、非難を斥け、どんな服装をするかいちいち人に押し付けるべきではない と言い返した。」
 これが全国メディアで拡散され、FacebookやTwitterのようなSNSに取りあげられた結果、数時間 のうちに議論が沸騰してしまった。ユニオン紙があわてて「宗教的取締りの気配」というくだりを撤回 したが手遅れで、その日のうちにArnaud Robinetランス市長がune agression « intolérable sur notre territoire »「<わが国の領土では許しがたい>agression」として糾弾すると、Gilles Clavreul(délégué à la lutte contre le racisme人種差別反対大臣補佐)にいたっては二つの託宣をくだしてしまった。
« Agression scandaleuse qui appelle des sanctions exemplaires » « Pour une fois silence remarquable des habituels défenseurs de la liberté vestimentaire »
「けしからぬagressionであり、見せしめの懲罰に値する」「着衣の自由を常に守っている人たちが立派 に沈黙を守っているが、それも今回かぎりだ」
 さらにはSOS Racisme「助けて!人種差別だ」(人種差別、ユダヤ人排斥などに反対する民間団体)が 日曜日にこのagressionに反対してレオ=ラグランジュ公園にビキニ姿で集まろうと呼びかけるに及んで、 ネット上には#JePorteMonMaillotAuParcLéo「レオ公園で私も水着着ます」という文句とビキニ姿の自 撮りの写真があふれかえることになった。

ヴァロリスのサウジアラビア国王別荘 ※画像をクリックで拡大
 騒ぎに乗じて、多くの政治家が介入してきた。Florian Philippot(極右政党Front national「国民戦線」 副総裁)はTwitterに
 la jeune femme a été lynchée car vivant à la française!
 「若い女性はリンチを受けた、フランス風に暮らしているからという理由で!」
と書いたばかりか、折りしも南仏Vallaurisの豪華な別 荘に大挙して避暑に訪れたサウジアラビア国王がビーチを独り占めにした(ことさらprivatisation「<民 営化>をモジって<私物化>」と呼んでいる)ことと重ね合わせ、こんな冗談を飛ばした。
 « Les agresseuses de la femme en maillot de bain n’ont qu’à se baigner sur la plage saoudienne de Vallauris. »「ビキニ姿の女性を非難攻撃した女たちは(文句があるなら)ヴァロリスのサウジアラビア専用ビ ーチで泳ぎさえすればよいのだ」
 この冗談から察せられるように、議論が白熱化するにつれて、agresseusesたちは人前で体を覆うことを 求められるイスラム教徒と決め付けられてしまっている。本当にそうなのか。彼女らもまたランスの市民な のではないか。とうとう議論の火元ともいうべきランス市長が沈静化を訴えざるをえなくなった。
 Il est intolérable de stigmatiser une communauté ou une autre pour un acte commis par quelques-uns et sans connaître le fond de cette affaire.
 「たまたまある人たちが犯したある行為のために、それも事件の根底を知らぬままにどこかのコミュニティ を非難の血祭りに上げるのは許しがたい」
 一方ユニオン紙は、自分たちが付け火した火事の想定外の大きさに恐れをなし、ネット上で弁明した。
 Sans connaître les motivations précises de l’agresssion ---on ignore quels sont les propos tenus par les jeunes filles qui ont molesté la victime --- les commentaires pleuvent et fournissent toutes sortes d’explications.
 「agressionのはっきりした動機を知らぬままに---そもそも犠牲者を傷つけた娘たちがどんな文句を使った のかも分かっていないのだ---さまざまな噂が飛び交い、ありとあらゆる解釈が出てきた」
 これを紹介したle Mondeの記者はrétropédale「自転車のペダルを逆回転させた」と書いている。
 事件は加害者がviolence en réunion「集団暴行」で起訴という形で決着。泰山鳴動、鼠一匹だが、そこから 見えてくるのはフランス人のpensée paranoïaque「被害妄想」だ。イスラム教徒がagression(攻撃?侵略?) をしかけてくる、と戦々恐々としている図である。

 
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